おばあさん猫・ムニとヒトミと、ちょっとグーちゃん

今から18年前、東京からイタリアのトリノへ移り住んだ私と愛猫ム二とヒトミ。今では21歳を超えた二匹たちとの暮らしぶりや、老猫介護苦労話、新しくやって来たラブラドールのグーちゃんとの楽しくて切ない記録です。

つらいひーちゃん

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生後一ヶ月で我が家へやって来て以来、
2ヶ月前にムニが亡くなるまで、
ずっとムニと一緒だったひーちゃんは今、
21年間の人生で初めてひとりぼっちの日々を体験している。

ひーちゃんは一日中のほとんどを、
ベッドルームの窓際においたカゴの中で、
寝たり、外を眺めたりして過ごしている。
だからベッドルームに用があって行くたびに、
またはわざわざ出向いて行って、私はできるだけ
ちょっかいを出すことにしている。
寂しそうだからというだけでなく、
老猫はなるべくかまったほうがいいと
何かの本で読んだことがあるからだ。
気持ちよさそうに寝ているからって、
そっとしておいてばかりいると
ボケたり衰弱したりが早まるのだと書いてあった。

でも、かまうと言ったって、もう何年も前から
「遊ぶ」ことはしなくなっているから、
話しかけるとか、撫でるとか、抱っこするとか。

でもヒトミはなにせ、私に抱かれるのは嫌、
という習性が身に染み付いている
抱き上げると、ゴロゴロいうこともたまにはあるが
何秒もしないうちに「あ、間違えたっ!」といった風情で
嫌そうな声を出し始め、それでも無理矢理
ギュウギュウ抱っこし続けていると、
シャーっという威嚇声を出す。
ま、彼女の場合、シャーっというのは口だけで
猫パンチも噛み付きも出てこないから
全然怖くないんだけど。

それで私もなんとなくしらけてしまい、
すぐにかまうのをやめてしまう。

ムニがいた頃は3人仲良くしていたのに。
夜、私がベッドに入るとムニはすぐに布団の中にやってきては
私に甘えていたけれど、ひーちゃんはひーちゃんで
ベッドのそばにおいたカゴに好きなように寝っころがり、
私は時々手を伸ばして、そんなヒーちゃんの背中を
撫でたりマッサージしながら本を読んだりしていた。
そしてしばらくするとムニは布団から出て、
ひーちゃんの寝ているカゴに寝に行く。
二匹重なるようにゴロゴロいいながら、
いつも私のそばにいた。とても幸せだったなあ。

でも今はなんだかうまくいかない。
妻(ムニ)が急に死んでしまって、今まで家庭のことすべて
妻にまかせていた父(私)は、小さな息子(ひーちゃん)と
どう接していいかわからず、
ギクシャクした関係を必死につないでいる、
なんだかそんな感じの私とヒトミなのです。

というわけで、ミラノ空港での再会?の
お話は次回に持ち越し〜!

 

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いっつも一緒だったね

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変な顔になったって

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なぜかガッツポーツしながらでも。

 

ムニとヒトミ、飛行機に乗る その2

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ムニがいなくなって、そろそろ2ヶ月。
あの日、ムニを埋めた庭の片隅には雪が積もっていたのに、
今は一面に可愛い草花が咲き始めたりしていて、
ずいぶんと時間が経ったことを実感したり。

そんなわけで、前回の続き。
1996年の5月頃、私とムニとヒトミは
JAL成田発ミラノ行き直行便機上の人たちとなった。
二匹連れだから機内持ち込み(連れ込み?)にはできず、
二匹を別々のケージに入れて、
しかたなく貨物室預けにした。

出発前、最後に獣医さんで健康チェックをしてもらった時、
私はあることを獣医さんに相談した。
「貨物室だと空調きいてないだろうから
寒いと思うんですよね、だからケージにホカロンを
入れたらどうでしょう?」

ぷぷぷ、と笑いをかみ殺して獣医さんはこう言った。
「上空一万メートルでは外気温マイナス50度とかですから
ホカロンでは間に合わないでしょうねえ」。

なんつーアホな飼い主と思われたんだろうな、というか
実際アホだったわけだけど。
ペットは貨物室預けと言っても荷物と一緒ではなく、
動物専用の部屋があるということだった。
それで空調が入るから、寒いということもないはずである、と。
よく考えてみれば、そりゃそうだ。
空調がなかったら寒いだけでなく、
気圧も地上とは全く違うだろから
呼吸もできなくなって死んじゃうよね。

そういえば、もうずいぶん前の話だけど、
トリノーシチリアのアリタリア便で犬を預けた人がいて、
職員が空調を入れるのを忘れた(!)せいで、
その犬が死んでしまったというニュースがあった。

なんて辛い死に方だろう。そんな危険の可能性になんか
まったく気づきもせず、ただ12時間も暗い貨物質で私と離れ、
飛行機に揺られて(?)いるのは怖かろう、心細かろう、
ということだけ心配して、イタリアまで連れてきてしまった私は、
若かったのか、配慮が浅かったのか。

さて機上の人たちとなって12時間。
揺れるたびに、ああ、怖がって泣いてないかな、
ごめんね、ごめんね、と顔をしかめていた私に、
スチュワーデスのお姉さん(当時はこう呼んでいたよね)は
「お客さま、大丈夫ですよ、ご安心ください」と何度も慰めてくれた。
そうじゃないんです、私が怖いんじゃなくて、猫たちが心配なんです、
と心の中で思い、お礼を言い続けた。

そしてようやくミラノ・マルペンサ空港に到着した。
係の人の事前説明では、猫ちゃんたちも預けた荷物と一緒に
ベルトコンベアーにのって出てきます、だから
ピックアップしたら検疫のオフィスへ行ってくださいねということだった。

ところが待てど暮らせど、私のかわい子ちゃんたちは出て来ない。
もうほとんどの荷物のピックアップは終わり、
空になったベルトコンベアーがグルグル回っているだけである。
えー! やっぱりロストバゲッジみたいに
どっかへ行っちゃったの?? 
それとも成田で積み忘れ???
焦って問い合わせると、な、な、なんと。

「検疫のオフィスが5時になってクローズしたので、
動物は空港外に出せません。
明日、引き取りに来てください」

ええー! なんだって!!
飛行機の到着時間が定刻5時ちょっと前だったというのに、
動物が乗ってくるのだって知ってたはずなのに、
検疫オフィスの人帰っちゃうって、そんなのあり??

18年イタリアで経験をつんだ今の私だったら、
「さすがイタリアである」とさほど驚くこともなく諦めるのだが、
当時はまだまだ初心者。驚きと怒りと
猫たちへの申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらも、
しかし当時の語学力では係員に喧嘩をふっかけることもままならず、
しかたなく一人ミラノ市内のホテルへと向かったのである。

いったい猫たちと無事再会は果たせるのか??
次回、乞うご期待!!

 

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飛行機かあ…

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飛行機??

 

ムニとヒトミ、飛行機に乗る

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首都高速で車酔いになったりしながら成田空港へ到着したのが前回

そして私と、ムニとヒトミは
イタリア・ミラノ行きの飛行機に乗った。

飛行機に乗った、と一言でいうのはとても簡単だけど
猫二匹を連れて、はそんなに簡単ではない。

まずは家族からごちゃごちゃ言われたり。

「料理や、イタリア食文化の勉強に行くなら、
あちこち食べ歩いたり、取材に行かないとだろうに、
猫となんか暮らしていたら自由に動けないじゃない」

まったくごもっともな意見だったと思う。
だけど「だから猫なんか、誰かにあげちゃえばいい」と
言われてうなずくわけには絶対にいかなかった。

人間が勝手にペットとして飼い始めて、
今度は勝手に外国へ行くからどこかへやっちゃえ、
なんていうのは絶対に許されないことだと思ったのだ。

しかも私の父も弟も猫アレルギーだから
実家に預けて行く、というわけにもいかない。
だから選択肢は一つしかなかった。

ナーンテ深く考えたというよりは、
ムニとヒトミと別れるなんて考えもつかなかった、
というのが本当のところなんだけどね。

さて、ムニとヒトミを連れて行くと決めて、
まず最初にしたのは、たしかJALに電話をかけたことだったと思う。
今の時代だったら、グーグルに
「海外 飛行機 ペット」とでも入れて検索すれば、
すぐに答えはみつかるんだろうけど、
なにせ20年近くも前の話、ネットなんかなかったのですよ。

なぜJALを選んだかといえば、
当時、成田ーミラノの直行便がJALにはあったからだ。
経由地で猫たちがロストバゲッジになっちゃった!
なんていうのは絶対に避けたかったから、
直行便以外はあり得ない、と考えたのだ。

やさしいJALのお姉さんは電話口で言った。
「お一人様一匹の猫ちゃんであれば、手荷物として機内持ち込みできます❤」
で、機内持ち込みしないのなら、成田空港内の日通さんが
同じ便に乗せるように手配してくれるとのこと。

手荷物として私のそばにおいておければ
それはとても安心だけど、二匹はだめというのだからしかたない。
一匹は手荷物、一匹は貨物室預けにすれば
運賃は一匹分ですむのだが、どっちかだけ差別するようで
あまりにしのびない。
私の猫たちに対する愛は、(できるかぎり)金に糸目をつけないほど
深く、大きいのである。
というわけで、今度は日通に電話をかける。

「運賃は1キロにつき○○○○円です」。
正確な数字は覚えていないけど、
たしか2匹で5万円ぐらいだったという記憶がある。
当時、ムニもヒトミも若い盛りでむっちりと太っており、
それぞれが体重5キロで、合計10キロ。
だからたぶん、運賃はキロ5000円だったのかな。
なんだか高級肉の値段みたいだなあ、なんて
思ったのを覚えている。肉には違いないんだけど。

鍵のかかる航空運搬用に適したケージを
一匹につき一つずつ用意すること。
(寂しいだろうから二匹一緒にいれてあげたいと
言ったら、それはダメですということだった)
出発の一ヶ月前までに血液検査や
狂犬病の予防注射をすませることなど
指示されて、いよいよ出発準備に取りかかった。

ちなみに19年後の今日、グーグルに「海外 飛行機 ペット」と
入れてみたら、最初にANAのページがヒットした。
同意書にサインすること、日本からヨーロッパまでは
一匹だいたい3万円ぐらいであること、
機内持ち込みではなく貨物室預かりであることなど
ていねいに書かれてる。
同意書なんかが必要なのは、最近の世相そのものという感じ。

http://www.ana.co.jp/int/checkin/rakunori/pet/

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写真は、これから彼女たちの身にふりかかる
大災難?を知ってから知らずか、荷造りを邪魔するムニとヒトミ。

そしていよいよ出発当日がやってきた。
成田空港敷地内の奥の方にひっそりとある日通オフィスへ
猫二匹と到着すると、係員の人がケージのサイズを測り始めた。
長い時間、狭っ苦しいケージに閉じ込められているのは
可哀想だと思った私は、二匹が一緒に入っても余裕の
大きなケージを2つ用意したのだが、
これがびっくり。


ケージのサイズが規定より大きいので
キロ5000円だったかの値段は適用されず、
ケージの3辺の合計がどうのこうので、
結局11万円ほどの料金がかかることになったのだ。

その時は、ムニとヒトミを飛行機にのせるという一大事に
文句をいうことも忘れていた私だが、通常の私だったら
「そういうことを問い合わせ時に言わないのは非常に不親切である」と
クレームをつけて、一悶着起こしてたかもしれない。
ま、猫なのにこんなに巨大なケージに入れてくるとは
係の人も思わなかったんだろうね。

11万円払うなら、友人か母かに往復チケットを
プレゼントして一緒にイタリアまで来てもらえば、
その人たちにも喜ばれる上、
二匹とも手荷物として機内にいられたのにね、と
気づいたのは、ずっと後のことでありました。

イタリア行きエピソード、次回へ続く❤

写真は三鷹のマンションで、
障子をボロボロに破いて、桟によじ上ってくつろぐ二匹。

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ヒーちゃんの車酔い その2 というか、むしろその1

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 前にも書いたように、

ヒトミが私に可愛がられているのを見ると
ヒトミをぶん殴ったりするムニだったけど、
私が介在しなければ姉妹のようにとても仲のいい二匹だった。

あれは日本から2匹を連れてイタリアへ来た日のことだ。
東京練馬区の実家から成田へ、トランクとムニとヒトミを
リムジンバスや成田エクスプレスで運ぶのはとても無理、ということで
友人に車で成田まで送ってもらった、その車中にて。

車が大好きなムニは、3日間の間に
私と暮らしていた三鷹のマンションを引き払い→
練馬区の実家へ2泊→
大荷物と共に成田空港へ、という異変にも動じず、
車内を飛び歩いたり、窓につかまって立ち上がって
外を眺めたりしている。でも車にめっぽう弱いヒトミは
後部座席の後ろの、えーと、あそこはなんと言うのかな、
いろんな人がティッシュの箱とかぬいぐるみなんかを置いているところ、
に登って、じっとうずくまって具合悪そうにしていた。

練馬区から成田方面へ向かう首都高新宿線は、カーブがけっこう多い。
しばらくカーブを通過した後、ヒトミが後ろで「ゲ、ゲッ」と
やっている声が聞こえてきた。
やばい、気持ち悪いんだヒーちゃん、と
思っても首都高では止まるわけにもいかないし、
私は助手席、ヒトミは後部座席のその後ろだ。
困ったなあ、と思っていると。

ヒトミのそばへ行って「ほら、元気出して」とでもいうように
ペロペロなめてあげていたムニが、
助手席の私のところへ飛んできて、ニャーニャーと言う。
なあに、ムニちゃん、なんて答えていると、更に大きな声で
私の目をじっと見てニャーニャーと言う。
そしてまた、ヒトミのところ→ペロペロ→私のところ→ニャーニャー
を何度も繰り返す。まるで

「ねえ、聞こえないの? ヒーちゃんが具合が悪いって
言ってるじゃないの、なんとかしてあげなさいよっ!」
とでも言うように。

え、やっぱりそうだよね、ムニ、ごめんごめん。
謝った私は、運転席の友達を急かしてサービスエリアに車を止めてもらい、
ヒトミを介抱した。といっても何ができたわけでもないのだけど、
汚れた口のまわりをきれいにしてあげたり、
背中をさすってあげたりなんかして。

そうして少し休憩した後、今度はカーブではできるだけ
Gがかからないように(?)運転してもらって、
成田空港に到着。
ヒトミも若かったからか、ムニの介抱のおかげか、
到着する頃には元気そうになっていた。

猫はクールでわがままで、なんてよく言うけれど、
仲間想いのこんな一面や、飼い主に思いを伝えようと
がんばったりする能力もあるんだな。
ムニの活躍をみてそんなふうに思った、
猫初心者だった頃の私。

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そんなムニが21歳まで生きて、そして亡くなって、
はや1ヶ月が過ぎた。
最近ようやく、またお腹を出して
爆睡するようになったヒーちゃんを見て、
私は少し、安心している。

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ヒーちゃん スキー場へ行く

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去年の11月の終わり頃、ムニは一度危篤状態になった。
奇跡の復活をしてからも、それ以後は後ろ足がめっきり
弱って自分の寝床からうまく立ち上がれなくなったので、
トイレもご飯も助けが必要となった。
だから私は長時間家をあけることができなくなった。


助けが必要といっても身体は元気なので、
「ごはんー」「おしっこー」「だっこー」と
朝から晩まででかい声でムニに呼びつけられ、
ちょっとうんざりする時も正直ある、そんな毎日だった。

私が住んでいるピエモンテ州トリノというところは、
2006年に冬季オリンピックが開催されたこともあって
雪深い山国と思う人も多いようだが、
実際はイタリア第4番めの、まあまあの都会である。
海にも山にも1時間半ぐらいで行けて、
遊ぶにはもってこいのポジションにある。
学生時代はヘッポコながらスキー部でならしたこのあたくしは、
毎年冬になるとマッターホルンやクールマイユールといった
ヨーロッパアルプスのスキー場に出かけては楽しんでいた。

でも今年の冬は長時間は家をあけられない。
だからスキーは無理と諦めていたし、
それでいいやと思っていたのに、
以外にも早く自由の身になってしまった。
クリスマスもお正月もどこへも連れて行って
あげられなかった娘のサラに、
ムニが思わぬプレゼントをくれたんだ、と思うことにして
先週末から今週にかけてのカーニバル休みに
スキー旅行へ行った。

問題はヒーちゃんだ。犬のグレースはどこでも
ついてきて問題なしだけど、おばあさん猫のヒトミを
たった二泊三日のために移動させるのはストレスが大きそうだ。
今までだったら1泊なら猫たちだけでお留守番、
2泊以上1週間程度までなら、誰かご飯とトイレの世話をしに
家に来てくれる人を頼んで出かけた。
でも今回は考えてしまった。

だってムニがいなくなった今、
ヒーちゃんは全くの一人ぼっちになってしまうからだ。

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悩んだあげく、ヒーちゃんも一緒に行こうということになった。
我が家が毎年行っているスキーリゾート、
アオスタのコーニェまでは車で約2時間。
高速を降りた後、最後の30分カーブの山道が続く。
車に弱いヒトミにはちょっと酷だけど、我慢してもらうしかない。

うーん、だけど高齢だから、吐いたりするのも辛そうだなあ。
なんとかできないかな、と愛読書の
『犬・猫に効くツボ・マッサージ』を開くと、車酔いの項があった。

「生の生姜二カケを1カップの水で5分煮出し、
冷ましたものを出発1時間前に飲ませる」とあったので
やってみたらなんと! 行きも帰りも別段辛そうな様子はみせず、
大成功! レシピは1カップだけど、
猫に飲ませるのは小さじ1杯だから、
たっぷり残った分は私とサラで飲んだ。
私たちも山道でいつも感じるムカムカもなし。
車に弱い犬猫をお持ちのみなさんも人間のあなた様も、
ぜひ、お試しくださいね。

猫は飼い主より家につく、なんて言う説がある。
猫にとっては慣れた我が家にいるのが一番で、
飼い主がいなくなっても知らない場所へ行くよりはまし、というのだ。
飼い主云々、というのは大きな疑問だけど、
ストレスが大きい、というのは本当だと思う。
ムニもヒトミも若い頃は引っ越しの度、
2、3日ベッドや家具の下に隠れて過ごしたりしていた。
でも年をとったせいか慣れたのか、
去年の夏などは海の家につれて行っても
30分ほど家の中を探検した後は、
持参した(これがポイント!)彼女たちの寝床に
すっと収まってトイレも問題なく過ごした。
だから今回も連れて行ってよかったと思っている。
すぐに慣れてリラックスしている様子だった。

というのは飼い主の勝手な思い込みで、
実は、ヒトミは、家で一人でゆっくりしていたかったと
思っているかもしれない。
怖い犬(グレースのこと)と一緒に車になんか
乗せられて散々だった、ってね。

ムニにいたっては、まったくイタリアくんだりまで
連れて来やがって、
畳の上で死にたかったぜ、と思っているのかもしれないね。

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会いたい

ムニが最後に歩いた後に掃除機をかけ、

ムニを最後に抱っこしたセーターを洗濯して、

私はだんだんと、あなたのいない生活にも

慣れたような気がしてたんだけど。

 

友達が私を励ますランチを企画してくれたり、

高校時代の仲好しが書いてくれた手紙が日本から届いて、

そして昨日は飲み仲間と久しぶりにビールを飲んで、

ふざけたり、笑ったりもできたんだけど。

 

でもさっき、you tubeで適当な音楽を聴きながら

作業してたら、Misiaの「逢いたくていま」という曲がかかって。

J popで感動することなんてあまりない私なのに、

「今、あなたに逢いたい、話したいことがたくさんある」

そんな歌詞で手が止まっちゃったよ。

 

心の中にふたをしていたつもりだった気持ちが顔を出して、

また、涙がいっぱい溢れて止まらなくなった。

あいたい、ムニに、あいたいよ。

三角関係#1

生後一ヶ月でお母さんと別れてわが家へやって来たヒトミは、
おしっこも上手にできないし、猫社会の常識も
何も身につけていなかった。だから21歳になった今、
りっぱな大人の猫として暮らしているのは、
ムニ姉さんの厳しい指導のおかげである。


だからかどうかは知らないが、ヒトミはムニを
姉とも母とも慕って、ずっと仲良く暮らしてきた。
子供時代はもちろん、成長してムニより図体が
でっかくなってからも、ムニのお腹に顔を埋ずめて
グルグルいいながらおっぱいを吸っていた。

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大きくなるとすぐに避妊手術を受けさせてあったムニは、
ヒトミがお腹に顔を押し付けるたびに
「ちっ、言っとくけどあたしゃ処女なんだよ、
おっぱいなんか出やしないよ」とでも言いたげな顔をしつつ、
ドサッと横になっておっぱいを吸いやすいようにしてやったりした。

それは2匹がかなり年をとるまで続けていたように思う。
ここ数年はおっぱいこそ吸わなくなったものの、
いつだって二匹重なりあうようにくっついて暮らしていた。

そんな仲好しの2匹に重大な秘密があることに気づいたのは、
けっこう最近のことだ。

ヒトミは私に抱っこされるのが嫌いでしょうがない。
無理矢理抱き上げると、ギャオウ~、と身をよじって嫌がる。
いったいなんで、こんなに抱っこが嫌いなんだ。
私がそんなに嫌いなのか。
小さい時は首の上で寝ていたりしたじゃない、
と悩んでいたある日。

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見ちゃったのである。

私がヒーちゃんを抱っこして遊んだ(嫌がらせした?)後、
ムニがヒトミをしばいているのを。

ムニは顔を斜めにかしげ、ウウ~と唸りながら、
それはそれは恐ろしい形相でヒトミを睨みつけている。
まるでその筋の怖いお兄さんが
「おい、われ、誰に断ってさやかちゃんに
抱っこされとんのじゃ、ああ?」とかなんとか言ってるみたい。
そしてバシッ。猫平手打ちをヒトミの顔面にお見舞いしたのである。

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いつだってエレガントに身をこなし、
大きくてきれいな目で私を見つめ、ニャーン、
ときれいな声で返事をする可愛いムニが、実は暴力猫だったとは!!

私が抱き上げるたびにヒトミがギャオウ~、と叫んでいたのは、
「お願いです、さやかさん、ムニちゃんに叱られますから」
という懇願の叫びだったとは!

ムニの名誉のために繰り返すが、
ムニはヒトミをとても可愛がっている、
私が間に入りさえしなければ。
こんなに愛されて飼い猫冥利に尽きる、
と喜んでいいのかどうか、複雑な心境でありました。