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おばあさん猫・ムニとヒトミと、ちょっとグーちゃん

今から18年前、東京からイタリアのトリノへ移り住んだ私と愛猫ム二とヒトミ。今では21歳を超えた二匹たちとの暮らしぶりや、老猫介護苦労話、新しくやって来たラブラドールのグーちゃんとの楽しくて切ない記録です。

ヒーちゃんの本当の気持ち

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ヨーロッパに熱波が到来しているそうで、連日ものすごく暑い。
イタリアの夏は、日中暑くても
日陰に入れば湿気がないからスッと涼しいし、
夜遊びに出かける時分には肌寒いぐらい涼しくなるのが
普通だったのに、今年の暑さときたら日本並み。
熱帯夜のように暑くて寝苦しい日が続いている。

ヒーちゃんが生きていたら、とても辛かっただろうと思う。
身体全体がほぼ真っ黒なヒーちゃんは、
黒が太陽熱を吸収するのか日向ぼっこもあまり好きじゃなかったし、
少し長毛が混ざっていたんだろうと思う、
毛がムニよりも長くて深かったから、
暑さに弱かった(でも寒がりでもあった)。

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こんなにフカフカだったので。


だからあの日、あまり長いこと苦しまないで逝けて、
よかったんだよね、と思う。
ヒーちゃんが逝ってしまってもうすぐ一ヶ月。

ヒーちゃんが体力を落としたのも、
5月末から6月頭にかけて数日続いた
真夏日のせいだったんじゃないかと獣医さんは言った。
地球温暖化の影響で、年々ヨーローッパが暑くなる日が増えている。
地球と環境を壊した人間のエゴは、
動物たちにも深刻な迷惑をかけているというわけだ。

昨日のFacebookでは、高校時代の友達が
飼っていた亀が、急に死んでしまったと悲しんでいた。
それも暑さのせいかもしれない。

子猫時代のヒトミを知っている友人が、
「さやかにあまり心配をかけないように、
さやかがいない時に、っていうのがヒトミちゃんっぽくて
切ないね」とメールをくれた。

子供時代は知らないけれど、長い付き合いのイタリアの友人も
「ムニちゃんの時にうんと辛かったさやかさんを
見ていたヒーちゃんは、そんな思いをさせないようにって、
すっと逝っちゃったんですよ」と言ってくれる。

私にはあまり甘えないコだったからね。
ムニは死ぬ直前まで、歩けなくなっても、
私に抱かれて家中を移動しながら
ニャーニャーと大きな声で私に甘えて(指図して?)いたけれど、
ヒーちゃんは抱かれるのもあまり好きじゃなかったね。

だけどその分、ムニのことが大好きで、
いつだってムニと一緒に寝ていたし、
甘えたい時にはムニのお腹に顔をつっこんで
ゴロゴロ言いながらおっぱいを吸っていた。
ムニは出産経験もないし、避妊してあるから
おっぱいなんかでるわけないのに、
ヒーちゃんが顔をお腹にすりつけると
「ちぇ、しょーがねえなあ」という顔をしてゴロン、と
おっぱいを吸いやすい姿勢になってあげていたっけ。
それはヒーちゃんが大人になって、
ムニより身体が大きくなってもかなり長いこと続いていた。

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ムニのおっぱいを吸うヒーちゃん。これの動画が可愛いんだけど、Hatenaブログは動画は
アップできないみたい。

 

だからみんなは、ヒーちゃんはムニに会いに行ったんだよ、という。
もちろん、そうなんだろう。だけど私は知っている。
ムニがいなくなってから、ヒーちゃんはご飯を
私の手からじゃないと食べなくなっていたことを。

ムニはいつも「ご飯食べるから背中撫でれ~」と
私を呼びつけ、ずっとそばにいないと
ご飯をたべないやつだった。
それを見ていたせいか、
私まで甘えたらさやかさん大変だわ、と思ってくれたのか、
ヒーちゃんは黙って一人で食べていた。

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ところがムニがいなくなってから、
ヒーちゃんご飯だよー、と呼ぶと
かごから起き上がってやってはくるものの、
おちゃわんの前に立ち尽くして食べようとしない。
それで、私が手にのせたり(カリカリの場合)
スプンにのせて(缶詰の場合)あげると
喜んで食べるようになったのだ。
その時、私は気がついていなかったけど、
今、これを書きながらわかった。
ヒーちゃんは、本当はずっと
私に甘えてみたかったんじゃないかって。

そしてもう一つ、思い出したことがある。
ヒーちゃんが1歳ぐらいの頃のことだ。
避妊手術の後、数日体調が悪かったヒーちゃん、
ある時珍しく私のところへやって来て
「ニャーニャー」と言う。何度も言うので
「なあに? ヒーちゃん?」と言うと
ついてきて、というように私を振り返りながら、
自分のベッド(私のベッドの脇に置いてあるカゴ)に歩いていく。
それで私もそばに横になって撫でてあげたら、
安心したように目をつぶったのだ。

具合が悪くて、心細かったから、そばにいて欲しかったんだよね。

だからあの日も、そうだったんじゃないかと思うと
胸がつぶれそうになる。

誰もいない家で、具合の悪い身体を横たえて
じっと、私がそばにきてくれるのを待っていた。
だけど、鍵のあく音がして、やっと会えると思ったら、
私じゃなくて、夫だった。

「もう無理。さやかによろしく言ってね」
ヒーちゃんがそう言いたかったかどうかはわからないが、
まるで誰かが帰ってくるのを待っていたように、
夫がそばへ行ったとたんに、一声出して、
そして息絶えたヒーちゃん。

天国でムニに会えていますように。

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ヒーちゃんの急変、そして

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「そんなに無理矢理食べさせないでよ」
ヒーちゃんが言った気がした。
「あたち、もう、ムニちゃんに会いに行きたくてしかたないの」

先週の日曜日、私はここまでを
チンクエテッレの風景を撮影するボートの上で
取材ノートのすみっこに書いていた。
夕方の光で同じ景色を再度撮影するため、遅い日没を
ずっと待っていたときのことだ。

ヒーちゃんはもう、そんなに長くない。
これから辛くて悲しい看病の日々がしばらくあって、
その先にお別れがやってくる。
私はそう思いながら書いていた。
だけどそれがまさかこんなに早く、
あっけなくやってきてしまうとは思いもせずに。

ムニは20歳を過ぎた頃からずいぶん老け始めて、
後ろ足がヨロヨロしたり、頭がボケたり、
耳が聞こえないふうになっていった。
顔もちょっとだけどおばあさんぽくなった。
だけどひとみは21歳を過ぎても、
高いジャンプこそしなくなったものの
(もともと彼女の運動能力はあまり高くなく、
往時でもテーブルがベスト到達点ぐらいだったんだけど)
階段を勢いよく上り下りしたり、
猫ドアを通って外へも時々行ったりしていた。

ご飯も毎日よく食べて、
持病の甲状腺異常の薬だけ忘れなければ、
25歳ぐらいまでいけたりしてね、
なんて獣医さんも言っていたほどだった。
顔だって、子猫みたいにクリクリっとしていて
とても21歳のおばあさん猫には見えなかった。

 

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ところが、6月14日の朝。
9日間の出張に出かける前にご飯を食べさせようとすると
プイっと横を向いて全く食べない。
一ヶ月ほど前からカリカリは食べなくなっていて
腎臓食事療法用の缶詰(K/D)に、ちょっとだけ
おいしい缶詰を混ぜたものを一日何回にも分けて食べていた。
老猫だから、心配するほどではないにしろ、
腎臓の機能低下はあったからだ。

それを何回にも分けて食べさせていたのは、
ヒーちゃんの食欲が旺盛だったから。
あまりいっぺんに食べたら、
消化に悪いと思って小分けにしていたのだ。

それぐらい食欲があったのに、あの朝から全く食べなくなった。
だけど、猫が同じ餌に飽きて食べなくなることは
よくあることだから、さほど心配もせず、
ちょっと注意しておいてね、と夫と娘に頼んで出張に出かけた。

火曜の夜、いったん家に寄った時も
あまり食べないようだったけど、
具合はそれほど悪くなかったんだと思う。
私の記憶に特に何も残っていない。

木曜日、ランゲ地方の快適なホテルで
取材を終えて休んでいた時のこと。
あーあ、出張はいいなあ、家事なんかしないで
仕事だけしてればいいんだもんね、
世の中のお父さんは楽チンだねー、なんて思っていると、
娘のサラから電話がきた。

ママ、ヒーちゃん、なんだか
すごく具合悪いみたいだよ、声なんか、
ムニちゃんが死んじゃった時みたいなんだよ、という。

それで翌朝、夫に
かかりつけの獣医さんに連れて行ってもらった。
栄養剤の点滴をしてくれた獣医さんは、
もう高齢だから、たとえ血液検査をして
腎不全だとわかったとしてもできることは少ないと言って、
家でも皮下点滴できるようセットをくれただけだったそうだ。

それから夫は毎日、点滴をしてくれていた。
ご飯も自分からは食べないので、
水で少しのばしたものを、針をどけた注射器で吸い上げて
食べさせてくれていたという。

土曜日は取材がトリノで、サボイア家の王子様を
トリノの王宮の中で撮影した。夕方終了し、
スタッフと夜ご飯を食べた後、私は自宅へ帰った。
ママ、お帰りお帰りー! とまとわりつく
グレースの顔と身体をざっとナデナデしてから、
急いで二階へ上がってみると、
そこにはまったく様変わりしたヒーちゃんが
カゴの中に横たわっていた。

顔も、身体も、よれよれして、横たわる背骨が妙に目についた。
トイレに立ち上がっても、ヨロヨロとトイレシートの上に
倒れ込んでしまう。サラが電話で言ったように
ムニが死んでしまった時の、数日前の様子を思い出す。

ご飯をたべさせてみても、全く食べない。
大好きな鰹節を食事療法食にまぜてみても食べないし、
大好きな猫用サバ&ツナ缶詰をあげてみても全く食べない。
注射器で食べさせれば、ほんの少しだけ
口に入ったものをゴクンと飲み込むけれど、
こんな量では命をつないでいくことは
とてもじゃないけどできないよ。

そう思って涙が出そうになったとき、
ヒーちゃんが私の顔を正面から見据えてこう言ったような気がしたのだ。
「もうやめて。あたちをムニちゃんに会いに行かせてよ」

今思えば、あれがヒーちゃんの
私へのお別れだったのだと思う。
その後、かごに横たえて背中を撫ぜたら、
いつもより大きな音で、長いことゴロゴロいっていた。

日曜の朝、もう一度、ちょっとだけ
注射器でご飯を食べさせた後、家の中で一番涼しい
一階のバスルームにヒーちゃんを移動して、
私はまた取材旅行のチームに合流した。

火曜日には帰ってくるから、待っててね、と言い残して。
ムニの遺影に、お願いムニ、ヒーちゃんを
まだ連れて行かないで、とお願いして。

だけど、そんな私の願いはかなわなかった。

月曜日、私がチンクエテッレで素晴らしい景色を堪能し、
撮影もうまく行き、スタッフのお土産ショッピングに付き合い、
冗談なんか言い交わしている時、
ヒーちゃんは息を引き取った。
2015年6月22日 午後2時過ぎ。

あまりに具合の悪そうだったヒーちゃんを心配して、
いつもは午後3時過ぎに一時帰宅する夫は
あの日、早めに家に着いたそうだ。
彼が声をかけると、一言、まるで別れの挨拶をするみたいに
声を出したヒーちゃんの息は、そこで止まったのだという。

ごめんね、ひーちゃん。
あんな狭くて薄暗いバスルームで、
たった一人、苦しい時に一緒にいてあげられなくて。
最後のお別れを言おうと待っていてくれたのに
間に合わなくて。
ほんとうにほんとうにごめん。

20年間なくさずに遊んでいたお気に入りのぬいぐるみと
猫じゃらしを持って、
大好きだったムニに、天国でいっぱい甘えてね。

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宿敵ネーヴェ

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ヒーちゃんの淡い初恋(?)が
ネーヴェの出現で切なく散った前々回。
三角関係 その2 - おばあさん猫・ムニとヒトミと、ちょっとグーちゃん


今回は、ヒーちゃんの恋敵(!)ネーヴェとは、
じゃあ、いったいどんなヤツだったのよ、というお話でございます。

真っ黒なのにネーヴェ(雪、という意味のイタリア語)という名前なのは、
赤ちゃん猫のとき、独身時代の夫に雪の中で拾われたからだとという。
ペルシャとノルウェージャンフォレストキャットの
ミックスだと夫はというが、
拾ったくせになぜ、そんなに詳しくわかるのよ、と
私はいつも心の中でつっこんでいる。ま、
ネーヴェのあのでっかいガタイとふさふさの黒い毛は、
そうなのかも、と信じさせてしまう説得力あるものだった。
私が出会った当時、7キロ。

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これはネーヴェじゃないけど、こんな感じ。

 

半外猫として育てられたネーヴェは、
身体のでかさに加えて喧嘩も強く、
近隣のボス猫(?)として君臨していたのである(私の想像)。

そんな猫と同居させられたのだから、
ムニとヒトミと、そして私もたまったものではなかった。

夫の女としてそれまで愛を一身に受けていたネーヴェは、
私の出現を快く思っていなかったのは言うまでもない。
当時すでに10歳ぐらいであったと思われる彼女は、
進んで私に攻撃をしかけてくることはなかったが、
基本猫好きの私が油断して撫でたりしようものなら、
バシッと猫パンチをおみまいする、バリバリっとひっかく、
がぶり、と噛み付くなどの技が日常的に炸裂した。
要するに私のことが嫌いだったのである。

しかし私の場合は、私の方から近づいていかなければ
被害を受けることはなかった。
そしてヒーちゃんも、彼女はもともと
ムニを家長とする「宮本猫一家」の「子分」だから、
ボス猫ネーヴェの意に介するところではない。

可哀想だったのはムニである。

宮本猫一家あ? 上等やないけ、とネーヴェが言ったかどうかは
わからないが、とにかく、同居の初日から
恐ろしい睨み合いが始まった。

深窓のマンション猫で喧嘩の経験は皆無なものの、
一応猫としてプライドだけはあるムニも負けてはいない。
家の中の細長い廊下ですれ違うたびに
「ふううううう」と唸り合い、睨み合い、
牽制しあう日々が続いた。

しかし、決着はある日あっさりついた。

私が仕事部屋で原稿を書いていると、
キッチンの方からふうううううう、という
声が聞こえてきた。
なんだか、いつもの声よりも半オクターブぐらい高い、
瀕死な感じのうなり声である。
むむ? これはいつもと状況が違いそう、
と見に行ってみると、こんな感じの二匹が。

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無言のまま、ずしーん、ずしーん、とムニに攻め寄るネーヴェ。
じりじりと追いつめられ、後ろは壁、もう後がない四面楚歌状態のムニ。

ムニの劣勢を一瞬で察した私は、スリッパを片方脱ぐと、
ネーヴェめがけて投げつけた。
パッとネーヴェが逃げて行ったすきに
ムニを抱き上げると、なんと、眉間にネーヴェの爪が
ささっているではないか。

猫を飼ったことがある人ならご存知の通り、
古くなった爪が割れたようになってはがれてとれることがある。
ネーヴェがムニの急所にパンチをお見舞いした時、
その割れかけの爪が眉間に刺さったまま取れたものと思われる。

ひどい! ネーヴェ。これがちょっとずれていたら
目をやられたりしていたかも!
そんなことになったら、私はネーヴェを許さない、
ついでにあんたも許さないからね、と怒る私を尻目に
「遊んでいただけだよねー、ネーヴェや」なんていって
夫はのんきに、ネーヴェを撫ぜている。
ネーベも、うにゃーん なんて可愛い声を出して
しっぽをパタン、パタンとやっている。

可哀想なのは喧嘩に負けたムニと、
その子分(?)ヒトミである。

その日から、私と夫と、ネーヴェが寝るベッドには
上がることができないという、不遇の年月が、
ネーヴェが天国へ行ってしまうまでの
6年間、続くことになったのである。

今、考えてみると、ムニとヒトミの人生に取って6年という
少なくない年月に、なんて犠牲を強いたんだろうと、
申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
ネーヴェと同居になったせいで、
それまでは、夜は私と、昼間は自分たちで好きな時に、
ベッドの上でゴロゴロしていたのに、
そこに近づくことさえできなくなってしまった。

おまけに、その2年後には娘が生まれ、
私は赤ちゃんが猫アレルギーになってはいけない、と恐れ、
猫の毛がつかないようにと心配するあまり
ムニとヒトミを抱っこしない日々がほぼ一年ぐらい
続いたのである。

ほんとに、ほんとに、ごめんね。

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老猫おしっこ事情

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イタリアに来てすぐの頃。ひーちゃん、ビデの中でいったい何を?

 

ひーちゃんのにっくき恋敵(?)ネーヴェとはいったい
どんな猫だったのか、を書きかけていたら、
とても可愛いシーンに遭遇してしまったので、
それについて、急遽書くことにした。

天気がいいので、二階のテラスでなんとなく
外を眺めていたら、テラスにおいた猫トイレに
まっすぐ入って行ったヒーちゃん。

去年の夏あたりからムニが猫トイレに入ることができなくなったので
ムニとヒトミの生活ゾーンである私のベッドルームの床に、
トイレシートを敷くようになった。
こりゃあ楽チン、と便乗手抜き(?)のひーちゃんも
もっぱらトイレシートで用を足すようになって、
用なしになった猫用トイレ&砂。
だけど、なんとなく片付けてしまうことができずに、
テラスに置きっぱなしになっていた。

「お、ひーちゃん、偉いね、トイレでおしっこ?」
なんて声をかける私を無視して、
トイレに入ってすぐのところに立ち止まるヒトミ。
と、なんでそんなとこで止まってるの? 
と思う間もなくチー、とおしっこした。
老猫だから出入りしやすいようにと扉ははずしてあるから、
しっぽは外、お尻も若干外に出たかっこうで、
自然とおしっこもチーと外に出てしまったというわけだ。

あと数歩奥へ入れば、おしりもおしっこも中に入るのに。
若い時はこんなことはなかったのだから、
これも何か老化の一種なんだろう。
高さ15センチほどの箱をまたいで入るのは
そこで立ち止まって休まなければならないほど大儀なんだろうか?

だけどおしっこした後は方向転換して頭から出てくるんだから、
方向転換してからおしっこすれば外にはみ出ないですむのに。
そもそもそんなにトイレに入るのが大変なんだったら、
トイレシートの上でしちゃえばいいのに、
律儀なヤツだなあ、と思ったら
あまりに可愛くてちょっと切なくて、
しばらくみとれてしまった私であった。

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そうなの?


そういえば、ムニは亡くなる1ヶ月前ぐらいから
オムツをして暮らしていた。
足腰がかなり弱って、テラスにおいてある
猫用トイレに出入りするのはもちろん、
テラスに出るための猫用ドアも(ちょっと高い位置にあるので)
通れなくなったから、去年の夏あたりから、猫用トイレはやめて
部屋のあちこちにトイレシートを敷き詰めるようにした。

年をとって腎臓の機能が低下していくにつれて
水を飲む量が増え、おしっこの量も回数も増えていった。
ムニの最後の1ヶ月ぐらいは、1リットル入りのペットボトルが
3日ぐらいでなくなったほどだった。
若い普通の猫だったら、あり得ない量。
元々砂漠の生き物だった猫は、
できるだけ身体の水分を外に出さないような腎臓を持っていて、
水は少し飲めば足りるし、おしっこも少ししかしない。
猫のおしっこが臭いのは、水分をトコトン
身体の中で活用してから出すからなんだろう。
でもムニのおしっこも、ひーちゃんのも、
今はほとんど無臭に近い。

で、猫用トイレに間に合わなくてトイレシートに
おしっこをするようになったムニとヒトミ。
視力がかなり落ち、たぶん老人性痴呆にもなっていたムニだったけど、
おしっこをする場所は基本的に決まっているみたいで、
何枚かしいてあるシートの上でおしっこ&ウンチをしていた。
それでも足腰が弱まって行くたびに、
間に合わないときがあるのか、シート以外の場所での
お漏らしも増えていった。
敷き詰めるシートの枚数がだんだん増えて行って、そして
最後の一ヶ月は、自分で寝床から立ち上がれなくなったから、
寝床にもシートを敷くようになった。

それでも身体の、下になっている部分はおしっこで濡れてしまう。
オムツのことが頭をよぎったけれど、
なんだか動物の尊厳を侮辱するみたいな気がして、
最初は汚れるたびにウエットシートや
濡れタオルで拭いていた。それでもちょっと
臭くなるから、時々は下半身だけお風呂(洗面台)に入れて
洗った。私の手の中でじっと気持ちよさそうに
お湯に浸かっていたムニの濡れた身体は
ビックリするほど痩せていて、胸が痛んだっけ。

それにしても汚れるたびに毎回洗うのは
風邪をひかせそうで心配だったし、手間もかかりすぎるから、
最終的にはやっぱりオムツをしてみることにした。

ムニの体重は最終的に2.5キロほどだったから、
最初はチワワ用のオムツを買ってみた。
ちなみに、一般的に身体の柔らかい猫には
オムツは難しいと言われているみたいで、
犬猫用用と書いてあっても、主な購買層(?)は犬だそうだ。
だけど、ムニはもう身体もよく動かないから大丈夫だろうな、と
思ってみたら案の定、はぎ取ったりする力はないようで、
ずっとつけていてくれた。

でも一日中はなんだかムレそうで可哀想だから、
夜寝るときと、私が3時間以上外出するような時にだけ使ってみた。

まあまあの使い心地だったけど、イタリアのはなんといっても高い!
10枚入りが10ユーロほど(1枚約100円!)。
こりゃたまらん、と思い立ち、
人間の新生児用のオムツを買ってみた。
サイズ的にはちょうどいい。

ネットで調べてみると、やっぱり同じことを考える人はいるようで、
しっぽのところに穴をあけるのは、丸く切り取ってはだめ、
バッテンに切り込みを入れれば、穴からオシッコがもれない、
というアドバイスを発見したり。

値段がペット用のよりずっとエコノミーな上に
吸収力もいいようだから、
じゃあ、次はちょっと高いけど、柄が可愛いパンパースね
買ってみたら、2枚しか使わないうちに
必要がなくなってしまったのだけれど。

今ひーちゃんは、左足がちょっと引きずるようになって、
階段の上り下りも、少し大変そうになってきた。
ムニが亡くなるまでは、階段を駆け上っていたし、
ベッドにも乗り降りできていたのに、
「一緒にねんねしようよお❤」と無理矢理抱っこすると、
逃げていく時にドサッとベッドから
落ちるようにしか降りられなくなった。

なんだか急激に老け込んでしまったみたいだ。
ご飯はまあまあ食べるけれど、痩せて小さくなったみたいだし。

仲好しの獣医さん曰く、ずっと一緒にいた相棒を
亡くした動物にはよくあることで、
後を追うように死んでしまうケースもよくあるという。
トイレの失敗の度合いや悪化の仕方がムニの時ととてもよく似ていて、
辛い想い出が頭をよぎる。

今日、テラスに置いたカゴの中で丸まっているひーちゃんを
抱き上げてみたら、まん丸い目の回りや、
白い毛が生えている鼻の回りに
ずいぶん白髪が増えているのに気がついた。
ずっとずっと私の赤ちゃんだとばかり思っていたのにね。
年取っちゃったんだね。

「お互い様じゃない」とひーちゃんが言った、かな?

 

 

f:id:muni_hitomi:20150602065658j:plainキッチンのヒーターの下に置いたトイレシートの上でねんねするムニ。
一見グレ−スとなかよしに見えるけど、はっきりいってムニは、もうよくわかっていなかったんだなあ。

三角関係 その2

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「オ・ドゥエ・ガッティ」という言い方が身に染み込んでいる。
「猫を二匹飼っています」という意味のイタリア語だ。
ガッティGATTIが猫の複数形。
他にもミーチmici(にゃんこ?)とか
ミチェッティmicetti(猫ちゃん?)などいろいろ言い方はあるが、
どれも複数形。どうしても
「オ・ウン・ガット」 猫を一匹飼っています、と
言うことに抵抗があるというか慣れないというか。

私の人生のうちの、21年と9か月を猫2匹と
生きてきたんだからしかたないね。

ところがこの私が猫を3匹飼っていた時期がある。
今の夫と暮らし始めて、夫が飼っていたその猫が死ぬまでの
6年ほどの間、我が家はトレ・ガッティを飼うという、
けっこうな大所帯(?)だったのである。

その猫は「ネーヴェ」という名前の
でっかくて黒くて長毛で、ディズニーの
アニメーションに出てきそうな典型的な猫だった。
つまり、飼い主の前では「なあーん」と
甘えるくせに、陰では意地悪でずる賢いという。
どんなにネーヴェが嫌なヤツだったかという話は
次回に取っておくとして、今回はネーヴェと、
私のカワイコちゃんたちの衝撃的?な出会いについて書こうと思う。

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まだ私と彼がそれぞれ一人暮らしをしていて、
「いつか一緒に暮らそうそうね」なーんて
言っていた頃のお話。一緒に暮らすなら
猫たちの相性がいいかどうか様子を見てみようということになり、
ある日、私のアパートに彼がネーヴェを連れてやってきたのだ。

夫がネーヴェを入れたケージをそっと床に置き、
ケージの扉を開けると、ネーヴェは部屋の様子をうかがいながらも
堂々とした様子でゆっくりと出てきた。

真っ黒で長毛、往時は7キロもあったという、
ノルウェーフォレストキャットと
ペルシャのミックスのネーヴェが歩く姿は、
威風堂々という言葉そのものだった。
身体が堂々としているだけでなく、
お出かけ猫だったから喧嘩の経験も豊富で
ボス猫の風格バッチリ。

一方、深窓のお姫様としてマンションの中で生まれ育ち、
飛行機に乗ったことはあるけれど
他の猫と触れ合ったことなんて動物病院の待合室で
すれ違ったとか、そんな程度。
ビビったムニは、それでも家長(それは私ですが?)の
威厳を保とうと「ふううううう~」という
情けない威嚇声を出し始めた。

ヒトミはというと、しかし、ずっと黙っている。
へえー、ヒーちゃんは怖くて声も出ないのかな?
それとも意外とネーヴェと仲良くできたりして、
ナーンて言いながら、夫がネーヴェを抱き上げて
ヒーちゃんに近づいた途端。

「シャアアアアアア~!!!」
ヒーちゃんが今まで聞いたこともないような
ものすご声をあげたのだ。
ムニの「とりあえず、私の家だし、威嚇しとこか」
という適当な感じの声とは違い、
喉の奥から絞り出すような怒りに震える唸り声。

でもよく見てみると、それはネーヴェにではなく、
どうやら夫に向けらている。

ヒーちゃんはわが家に来たその日からずっと
「ムニちゃんが一番、私は二番」と思って暮らしている。
可愛がってもらう順番もご飯をもらう順番も、なにもかも。
多頭飼いの鉄則だというのだから仕方がないし、
ヒーちゃんもそれで納得して、それなりに幸せに
暮らしているのだと思っていた。

ところが夫が私のアパートに通ってくるようになってから、
猫好きの夫はヒーちゃんをとても可愛がった。
ヒーちゃんにしてみれば
「私を一番に可愛がってくれる人ができた」と
しあわせ一杯だったに違いない。メス猫だから
ラブな感じもあったかもしれないね。

ところがその人は、ある日、別の女(猫)を連れてやって来た。
ネーヴェや、ネーヴェ、出ておいで、なんて猫なで声をかけている。
ひどいっ! ひどいじゃない!
私をダマしたのねつ、他に女がいたなんてー!
嘘つきっ、裏切り者っおおおおお!!!

ヒーちゃんのシャーは、私にはそんなふうに聞こえて
かわいいやら、かわいそうなやら、
今も時々思い出しては笑ってしまう私です。

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ね、ヒーちゃん。バスルームにて偉そうにくつろぐ、18年ほど前のヒトミ。

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21歳の今も、まだまだイケテルでしょ。

ムニの誕生日

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今日はムニの誕生日。22歳に3ヶ月届かなかったけど
1993年4月25日に生まれたムニは、
とてもきれいで、猫らしい猫だった。

お祖母さまをアメリカンショートヘアに持つムニは、
おでこと身体の一部にアメショーらしきシマがあり、
全体的にはベージュとグレ-が混ざった綺麗な色をしていた。
大人になって太ってからはシマがずいぶんのびてしまって、
全体的にベージュな猫でちょっとグレ−、みたいな感じになった。

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いつも寝てる写真ばっかりだなあ、だってかわゆいんだもんね

 

目もパッチリと大きくて美人だったけど、
しっぽが生まれつき短く曲がったお団子しっぽだったので
ムニを褒める友人たちと「モデルはできないね」と笑ったものだった。

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 しっぽが丸くて短いからうさぎみたい、とウサギ年の年賀状に採用したり。

 

運動能力の高さには驚いた。
私の背よりも高い本棚やクローゼットの上に
ひらりと飛び乗って私を仰天させた。
猫も犬も飼ったことがなかった私は
動物ってすごいなあ、と感動した。
尊敬したと言ってもいいかもしれない。
人間は人間が世界の頂点みたいに思って威張っているけれど、
それは頭がよかったからいろいろな道具を生み出せたというだけで、
その道具がなかったらこんなちっちゃな子猫ちゃんにも
全くかなわないじゃないの、と。
私は高校の時バレーボール部で、背は高くないけど
ジャンプ力がなかなかすごいと褒められていたけど、
それでも垂直跳び60センチ弱。
マイケルジョーダンだって助走をつけて127センチだって。

ところがムニは2メートルだよ。
身長(体高)の割合で考えたら、ほんとうにすごいよ。
ムニのおかげで、私の世界観が変わったと言ってもいい。
人間至上主義みたいな考えは違うよね、というような。

ジャンプして飛んでいるハエをパチン、と
つかまえたりなんか、人間には絶対できないでしょ(笑)

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甘えたい時、温かくなりたい時には
私の膝に乗ったり布団に入って来る時もあるけれど
抱っこされるのは好きじゃない。
とてもおしゃべりで、「ムニや」「ムーにゃん」と
話しかけると「うにゃん」といつも返事をしてくれた。

私が外出から帰ってくると
いつも玄関までやってきて、猫が甘える時によくやる
オデコを地面にこすりつけるポーズをとる。
こすりつけ過ぎて、最後は必ずでんぐり返しになっちゃったね。

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そんなムニが大好きだった。
そして今も大好き。
ムニ、お誕生日おめでとう、
生まれてきてくれて、私のところへ来てくれて
ほんとうによかった。

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生クリームやスポンジケーキが大好きだったムニへ。 

 

 

ムニとヒトミ 飛行機に乗る 最終回

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こんな写真を見つけた。まだデジカメなんかなかった21年前の赤ちゃんヒトミが
写ってるネガのベタ焼き。時代を生きてきたんだね、ムニ、ヒトミ❤

 

夕べ、庭でウリボウが一匹、遊んでいる夢を見た。
Facebookにご近所で出会う動物シリーズをアップして
好評だったから、またウケを狙いたいという深層心理かしら。

それにしてもムニは一度も夢に出てこない。
大好きなあなたにせめて夢の中でぐらい会いたいのに、
全然出てきてくれないね、という歌があったっけ。

というわけで、ミラノ・マルペンサ空港の検疫所で
足止めを食らってしまった
18年前のムニとヒトミの話の続きです。

足止めを食らったと言っても、
彼女たちの健康状態や衛生状態に問題があったわけではなく、
検疫オフィスの担当官が夕方5時を過ぎたから帰ってしまった、
ただそれだけのこと。さすがイタリアである。

職場から時間通りにきちんと帰るのはイタリア人の美徳!の一つで、
時間にルーズというイメージがあるイタリア人だけど、
こと終業時間に関しては超がつくほど時間厳守。
時間に遅れたら大変だから、早めに終わらせることも
しばしばという几帳面さも(笑)

娘をイタリアで出産したときもそうだった。
私を担当してくれた頼もしくてフレンドリーな助産婦さんがいた。
陣痛の間、ずっと励ましてくれて、精神的にとても助けられていた。
それなのに、ある時間になった途端、
うんうん唸っている私の足を叩いてこう言った。

「がんばってね、私の就業時間は過ぎたから帰るね。グッドラック!」
って、そりゃないよ! 責任とってよおー、と叫びたかったけど、
彼女の辞書に「残業」の二文字はないのであった。

もちろん、そんなイタリア人ばかりでなく、
ワーカホリック的に残業も全然いとわないイタリア人だって
たくさんいるので悪しからず。

マルペンサ空港での話だった。
不思議なもので、ミラノで初めての夜、
たった一人で何をどう食べて、どんなふうに過ごしたのか、
全く記憶がないのに、翌日、猫たちを迎えに行ったところからの記憶は
とても鮮明に残っている。
一人だし、時間はたっぷりあるからと
ミラノからマルペンサ空港まではバスで行ったというような、
とても細かいことまで。

ああ、私の愛しい猫ちゃんたちは、いったい
どんなにひどい扱いを受けているだろう、
どんなにか寂しかったであろう、と
駆け出したい気持ちを抑えつつ検疫オフィスへ行くと、
係のイタリア人男性が大きな声で叫んだ。

「来た来た、パドローネ(飼い主)が来たよ、
猫ちゃんと同じ、黒い髪だ!」

歓迎してくれているのがよく伝わったので、
猫たちは無事なんだな、とほっとすると同時に
アホ、東洋人は全員黒い髪なんじゃい、というセリフも頭をよぎる。
案内されてオフィスの奥の方に進むと、そこには
熊でも入れそうなぐらい大きなケージがあり、
その中でムニとヒトミが元気そうに飛び跳ねている。
トイレの世話なんかきっとしてくれてなくて、
糞尿まみれだったりするんだろうな、と暗い気持ちだったのだが
(昨日の検疫官帰っちゃった事件で超悪印象)、
ケージの中はとてもきれいで清潔で、
空港職員の動物好きが志願して検疫担当になった、
そんな感じだった。

ヒシッと抱き合い感動の再会を果たした私と二匹は、
タクシーに乗って一路ミラノの中心街へ。
ミラノ在住の友人が、猫もオッケーというホテルを
探しておいてくれたおかげで、
私と二匹は、一つのシングルベッドで
固く抱き合い、眠りに落ちたのでした。f:id:muni_hitomi:20150415065509j:plain

↑ホテルのベッドでくつろぐ、若き日のムニちゃん。

 

あ、でもその前に私は一人、食事に出かけたっけ。

何を食べたかは覚えていないけれど、
「いい、いい子にしててよ」と部屋のドアを閉めた途端、
にゃああああおおおおー、というムニの叫び声が。
頼むよ、ムニちゃんとつぶやきつつ、戻ってもしかたがないので
無視して階段を下りて行くと、
2フロア降りても、3フロア降りても、
はるか上からムニの叫び声が聞こえ続けていたのを、
昨日のことのように思い出す。

ほんと、あいつはいつも声がデカかったんだよ。

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↑ヒーちゃんはホテルの家具の上にて得意のフクロウ目玉作戦

そのムニの、もうすぐ誕生日がやってくる。
生きていたら22歳。
一人残されたヒーちゃんは最近急に老け込んだようで、
後ろ足を軽く引きずって歩くようになり、
2ヶ月前まではタッタッターと駆け上がっていた階段を、
数段登っては休み、また数段登る、そんな感じになってきた。

寂しいせいのストレスかな。ちょっと心配。

 

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 これは最近のショット。若いときの写真と比べると、
彼女もそれなりに老けているのだ。21歳だもんね❤