おばあさん猫・ムニとヒトミと、ちょっとグーちゃん

今から18年前、東京からイタリアのトリノへ移り住んだ私と愛猫ム二とヒトミ。今では21歳を超えた二匹たちとの暮らしぶりや、老猫介護苦労話、新しくやって来たラブラドールのグーちゃんとの楽しくて切ない記録です。

2015年6月22日

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21年前、東京のマンションの、無惨に桟だけになった障子に登るムニとヒトミ

 

1年前の今日、ヒーちゃんが突然死んでしまった。
今年のトリノは、つい3日まで雨ばかり降ってセーターが手放せないような
天気だったけれど、去年は5月に真夏のような暑い日が続いて、
21歳のヒーちゃんは体力を落としたんだろう、と獣医さんは言った。

だけど私は、暑さのせいなんかじゃなく、21歳という年のせいでもなく、
ヒーちゃんは、ムニに会いたくて会いたくて我慢ができなくなって、
あの日、空へ登っていくことを決めたんじゃないかと思っている。

お母さん猫の飼い主から
「赤ちゃんをお渡しするのは2ヶ月になってから」と
言われていたのに、お母さんが具合が悪くなったから
すぐにもらってください、と連絡が来たのは
ヒーちゃんがちょうど生後一ヶ月という時だった。

体重が500gしかないくせに、クシャオジサンみたいな顔をした
ヒーちゃんをダッフルコートのポケットに入れて連れて帰ってきた
あの日のことは、今もよく覚えている。

お母さんの飼い主の家は、私の実家の近所だったので、
子猫自慢に実家にちょっと寄ったら、
実家のコタツぶとんに、チーッとおしっこをした。
だけど500gの身体から出たオシッコの量はほんとうに少しで、
なんだかあまり気にならなかったこととかも。

そんな小さなヒーちゃんと、もう身体は大人サイズになっていた
当時8ヶ月のムニがちゃんと仲良くなれるかどうか心配だった。
けれど最初はシャーっと怒っていたムニも、
3日もすると怒るのをやめ、
シャーっと言われている意味もわからず
ムニにまとわりつくヒーちゃんの動きをじっと見つめるようになった。

そして二匹は、仲好しになっていった。

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ムニが窓の外の鳩を見て「んにゃにゃにゃにゃ」と
喉を鳴らせば、ヒーちゃんも外をじっと見つめる。

ムニが洋服ダンスの上にヒラリと登れば、
ジャンプ力のないヒーちゃんは、ニャーニャーと私を呼んで
「ワタシもあそこにのりたいの」と甘えた。

ムニが障子の穴から顔を出せば、
ヒーちゃんも一緒にズボッと手を突っ込んだ。

ムニは私を見ただけで、遠くからでもゴロゴロ言って甘えたが、
避妊してあるムニのお腹の下に顔をつっこんで
おっぱいをちゅうちゅう吸うのだが、ヒーちゃんの甘えん坊タイムだった。
ムニはムニで、ちぇ、仕方ねえなあ、という顔をして
ごろんと転がって片足をあげ、
ヒーちゃんがオッパイを吸いやすいようにしてあげたりしていたっけ。

それはかなり年をとってからも続いていたし、
おっぱいを吸わなくなってからも、
いつだって二匹は重なるようにして一緒に寝ていた。

そんなふうにヒトミの21年間は、ずっとずっとムニと一緒だった。
飼い主の私は毎年日本に里帰りしたり、
取材だ旅行だと、彼女たちを留守番させていたけれど、
ムニは片時だってヒーちゃんを置いてきぼりに
したことはなかった。

だからヒーちゃんはあの日、6月22日の9日前、
ご飯を食べること、水を飲むことをピタリとやめたのだ。
私がひとりぼっちにならないように、
半年間は頑張ったけど、もうダメ、ムニに会いたいの、と
死ぬことを決めたとでもいうように。

やっぱり21歳で愛猫アブサンを亡くした村松友視さんの『アブサン物語』には、
猫は天国へ行くのではなく、木曽の山奥へ修行に行き、
グレードアップして帰ってくるのだと書いてある。
だから私は、運動神経の悪かったヒーちゃんは今頃、
ムニに特訓されているんじゃないかな、なんて考えている。
そして早く、グレードアップしてなくてもいいから、
私のところへ帰ってきて欲しいな。

待ってるよ、ムニ、ヒーちゃん。

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