おばあさん猫・ムニとヒトミと、ちょっとグーちゃん

今から18年前、東京からイタリアのトリノへ移り住んだ私と愛猫ム二とヒトミ。今では21歳を超えた二匹たちとの暮らしぶりや、老猫介護苦労話、新しくやって来たラブラドールのグーちゃんとの楽しくて切ない記録です。

おすすめ猫本

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↑いつも仲良しだったムニとヒトミの若かりし頃

 

日本では猫がブームだそうですね。

年末年始、日本に里帰りした時も

書店で『猫自身』とか『ニャエラ』なんていう週刊誌を見かけて、

思わず買ってしまったり。

 

特に『ニャエラ』はおさっしの通り『アエラ』が作っているわけで、
クールでジャーナリスティック? な作りはまったくアエラなのに
実は一冊まるごと猫だらけな内容がかわいい。
おすすめ本のページも、当然、猫猫猫。

 

「猫ロスに効く一冊」というコーナーの

『チャーちゃん』(保坂和志作・小沢栄画 福音館書店)は、

「ぼく、チャーちゃん。はっきり言って、いま、死んでます」という

始まりだそうで、なんだか面白そう。絵もきれいだし。

でもKindle版になっていないから、とりあえずほしい物リストへ。

海外に暮らす日本人にとって、紙の本は

高い送料をかけてまで買う価値があるかどうか、

熟考の必要がある。その点、電子書籍は本当に便利で、

日本にいるのと同じように、日本語の文字が

瞬時に手に入って嬉しいのだー。

 

 

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 ↑また仲良し。

 

チーちゃんが買えないので、代わりに、と言っては失礼だけど

同じコーナーに紹介されていた

『長い長いさんぽ』(須藤真澄 KADOKAWAエンターブレイン)の

Kindle版をポチッ。

 

それにしても、「猫ブーム」。

猫が大好きな人間にとって、

嬉しいことには違いないけど、

ブームは盛り上がれば、いつか必ず盛り下がる。

特に、イタリアに暮らしていると痛感するけれど、

日本のブームの回転の速さといったら恐ろしいほど。

一年? 二年? いや、半年先はどうなっているかわからない。

人々の興味はくるくる変わる。

それなのに、ネコノミクスだなんていって、

猫をどんどん“生産”して、売りまくろうという

悪徳生体販売者が影にいることを知ってほしいな。

 

生後8週以前は、犬も同じだけど、

母猫から離すべきでない、というのは

多くの先進国で言われていること。

お母さんや兄弟たちと暮らすことで学ぶ猫界の掟や

マナーが身につかず、社会化もできないからだ。

 

猫のマナーって何? といえば、

やたら引っかくとか噛むとか?

他の個体と仲良くできないとか?

そんな子猫たちが大きくなると、

人間ともうまく暮らせず、結局捨てられる憂き目にあう。

多分これは、犬の方がより、深刻な問題なんだと思うけど。

 

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↑そりゃ、赤ちゃんは無条件に可愛いよね。
わが家へ来て2日目ぐらいのムニ、生後9週目ほど。  

 

とにかく、猫でも犬でも、

小さければ小さいほど売れ行きがいいと、

ペットショップのガラスケースの中に入れた赤ちゃんたちを

「いやーん、かわゆい」と買う前に、

その子はどうやって生まれてきたか、

もし売れ残って大きくなったらどうなるかを、

想像できる人が増えたらいいと思う。

ショーウィンドウに子猫がいつも並んでいるということは、

それを産む母猫がいるということもね。

私も、昔はそんなこと、考えてもみなかった。

 

“猫は日照時間が長くなると発情期が来る季節繁殖動物。大手ペット店チェーン経営者は「蛍光灯をあて続ければ年に3、4回繁殖できる。犬のように運動させる必要もなく、狭いスペースで飼育でき、効率がいい」と打ち明ける”

 

↑これは先日の朝日新聞デジタルの記事にあった一節だ。

http://digital.asahi.com/articles/ASK1D4GW1K1DUTIL00W.html

 

効率がいいって!!(怒)

 

繁殖犬を救うボランティアをしている私の友人は、

救ったワンコの一匹、ヴィヴィちゃんと一緒に暮らしている。

ヴィヴィちゃんは6歳で彼女が救った時、

それまでずっと狭いケージに閉じ込められ

(外に出るのは繁殖の時だけだそう!)

妊娠出産を繰り返しさせられていたせいで、

歯は全部抜けていて、耳が聞こえない、心臓疾患があるなどなど

身体がすでにボロボロだったそうだ。

 

さて、私の座右の猫本は、『時代屋の女房』などで知られる

作家・松村友視さんの『アブサン物語』。

21歳で大往生したアブサンとの暮らしを書いたエッセイだけど、

アブサンが亡くなった時に

「たかが猫が死んだぐらいで」と言われないよう

あまり大げさに嘆かず、仕事も日常生活も
通常通り粛々とこしたと書く。

たかが猫が、と言われたくないのは

格好が悪いとかそういうことではなくて、

愛し、尊敬する人生の相棒であるアブサンの

存在や死を貶めてはいけない、と考えたから。

 

これを読んだ時、いつかムニやヒトミにも
訪れるであろうその日には、
私も毅然と、村松さんのように振舞おうと思ったものだが、

いざ、偶然にもアブサンと同じ21歳で
ムニとヒトミが逝ってしまった時、

私は悲しくて悲しくて、彼女たちの死を貶めないように、

なんて考える余裕はなかったのですが。

 

久々に読み返してみると、

ほんとうに猫愛に溢れた素敵なエッセイであると

再確認。オススメです。

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となりのグラ

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お隣さんは、猫を二匹飼っている。
グレーと白のツートンカラーで、いつもニャーニャーと
ご飯をねだりにやってくる元気なコと、
ご飯はねだるものの、私が近づくと
ビクビクッと飛び退ったりする白黒のコ。

飼っているといっても、外猫として
ご飯を庭先においてあげている程度のようで、
自称飼い主が名前はない、というので
白グレ-をグリ、白黒をグラと呼ぶことにした。
白グレ-ちゃんのことを、
グリッジョ(イタリア語でグレ-)だからグリ、と
自称飼い主が言ったことがあったからだ。

先週の金曜日の夜、テラスに起きっぱなしにしてある
グレース用(になってしまった)ソファに
その白黒ちゃん、グラが座っていた。
テラスはお隣の家と反対側の位置にあるので
2匹は今までこのテラスにまで来たことがなかったのに、
その日は私を見上げてニャーニャー、
ニャーニャー言っていた。

そしてとても臭かった。
汚れた匂いじゃなく、何かが腐ったような匂い。

いやな感じがしたけれど、
うちには猫のニーニもラブラドールのグレースもいるから、
家の中に入れていあげるわけにはいかない。
寒くなるのが遅れ気味だった今年の秋も、
あの日あたりから急激に気温が下がり始めていたから、
とりあえず古い布を毛布代わりにかけてあげて
その夜はそのまま寝た。

翌朝起きてみると、まだそこにいた。
これは絶対、へん。自称飼い主は不在。

ご飯をあげてみようと近づいて見ると、
お尻の近くにテニスボール大の傷がある。
その傷が膿んで腐って臭いんだ。
前はまるまる太っていた彼女の背骨が
ゴツゴツ触れるぐらい痩せてしまっている。
目やになんかもついたままだし、
ニーニお気に入りのカリカリも猫缶も、
まったく食べようとしない。
これは、かなり具合が悪そうだ。

それでも私のそばをニャーニャー言いながら歩きまわる。
振り向いてはニャー、振り返ってはニャー。
近くに行くと、ゴロゴロ言っているのが聞こえる。

食べようとしないということは、
ご飯をちょうだい、ではない。
だったら何を訴えているんだろう?
具合が悪いから助けてちょうだいなのかな、と思うのは
擬人化し過ぎだろうか??

私は仲好しの獣医さんに電話をしてみた。
獣医なんだから当然だが、動物大好きな彼女は、
ちゃんと世話をしない飼い主に腹をたて、
彼の許可なんか待たずに抗生物質を飲ませちゃえと言った。
残念ながらその日、動物病院は休診日。

救急に連れて行くという手もあったが、
飼い主でもない私がそこまで、という躊躇があった。

恐る恐るグラの口をこじ開け、
うちに残っていた猫用抗生物質を放り込むと
あっさり飲み込んでくれた。
そうか、このコはおとなしい、いいコなんだ。
きっとおとなし過ぎて、他の強い野良たちにやれたのではないか。
そういえば、片方の耳はほとんどなくなっているし、
もう片方の耳も穴があいている。

夕方ペットショップへ走り、ムニが体力を落とした時に
食べさせていた、ヒルズのA/Dという高栄養食缶詰を
買ってみたけど、それも食べない。

日曜日は姿をみかけなかったので、
少しよくなったんだろうか? と思っていると
月曜日、また私のところへやってきて、
ニャーニャー言う。

ご飯も水もまったく口にしないままだ。
金曜日からずっとそうだとすると
かなりやばい状態なのではないか。

自称飼い主は、もうこんなになったら
きっと助からない、などと言いながら出かけてしまった。
自然の摂理だからしかたないのかもしれないけれど、
ご飯をあげたりして甘やかすときだけ甘やかし
死にそうになったら弱肉強食だなんていうのは
違うんじゃないか。

そう思った私は、よけいなおせっかいは百も承知で
グラを獣医さんに連れて行った。

診察してくれた獣医さんは
「かなりひどいですね」と暗い声で言った。
2週間効果が持続するという抗生物質を注射した後、
「水曜日まで食べなかったら、たぶんダメ」。
あと2日の命かもしれないということか。

家へ帰って、外よりずいぶん暖かい地下の倉庫に寝床を作り、
そこに置くとじっと座っているグラ。水も、ご飯も、牛乳も、
やっぱりまったく口にしない。

そして火曜日の朝、姿が消えていた。
その時からずっといない。今日はもう金曜日。

最後に地下倉庫に見に行った月曜日の夜、
臭い匂いがしなくなっていたので、
抗生物質が効いて化膿が止まリ、体調がよくなったの?
飼い主の庭に戻って体力回復を図っているのかな? 
と少し期待したけれど、
聞いてみるともう、何日も姿を見かけないという。

どこかへ死にに行ったんだろう。
しかたないね。肩をすくめて彼は言った。
白グレ−がひとりぼっちになっちゃったから、
もう一匹飼ってあげようかな、と笑いながら
出かけて行った。

彼にとってはその程度の命。
いなくなったらまた、補充すればいい。

だけどあのコは最後まで頑張って生きていた。
身体がつらくて、となりのあの人間を頼ったら
なんとかなるかと考えてやって来てくれた。
それなのに助けてあげられなくてごめん。
そう思ったとたん、去年の夏、ひとりぼっちで死なせてしまった
ヒーちゃんのことを思い出して、鼻の奥がツーンとした。

今夜は雨。冬の到来を告げる冷たい雨が降っている。
あのコはどこで眠っているんだろう。
でもきっと、もう寒くないし、お腹もすいてない。
キミをいじめる誰かももういない。
安心して眠りなさいね。

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2015年6月22日

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21年前、東京のマンションの、無惨に桟だけになった障子に登るムニとヒトミ

 

1年前の今日、ヒーちゃんが突然死んでしまった。
今年のトリノは、つい3日まで雨ばかり降ってセーターが手放せないような
天気だったけれど、去年は5月に真夏のような暑い日が続いて、
21歳のヒーちゃんは体力を落としたんだろう、と獣医さんは言った。

だけど私は、暑さのせいなんかじゃなく、21歳という年のせいでもなく、
ヒーちゃんは、ムニに会いたくて会いたくて我慢ができなくなって、
あの日、空へ登っていくことを決めたんじゃないかと思っている。

お母さん猫の飼い主から
「赤ちゃんをお渡しするのは2ヶ月になってから」と
言われていたのに、お母さんが具合が悪くなったから
すぐにもらってください、と連絡が来たのは
ヒーちゃんがちょうど生後一ヶ月という時だった。

体重が500gしかないくせに、クシャオジサンみたいな顔をした
ヒーちゃんをダッフルコートのポケットに入れて連れて帰ってきた
あの日のことは、今もよく覚えている。

お母さんの飼い主の家は、私の実家の近所だったので、
子猫自慢に実家にちょっと寄ったら、
実家のコタツぶとんに、チーッとおしっこをした。
だけど500gの身体から出たオシッコの量はほんとうに少しで、
なんだかあまり気にならなかったこととかも。

そんな小さなヒーちゃんと、もう身体は大人サイズになっていた
当時8ヶ月のムニがちゃんと仲良くなれるかどうか心配だった。
けれど最初はシャーっと怒っていたムニも、
3日もすると怒るのをやめ、
シャーっと言われている意味もわからず
ムニにまとわりつくヒーちゃんの動きをじっと見つめるようになった。

そして二匹は、仲好しになっていった。

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ムニが窓の外の鳩を見て「んにゃにゃにゃにゃ」と
喉を鳴らせば、ヒーちゃんも外をじっと見つめる。

ムニが洋服ダンスの上にヒラリと登れば、
ジャンプ力のないヒーちゃんは、ニャーニャーと私を呼んで
「ワタシもあそこにのりたいの」と甘えた。

ムニが障子の穴から顔を出せば、
ヒーちゃんも一緒にズボッと手を突っ込んだ。

ムニは私を見ただけで、遠くからでもゴロゴロ言って甘えたが、
避妊してあるムニのお腹の下に顔をつっこんで
おっぱいをちゅうちゅう吸うのが、ヒーちゃんの甘えん坊タイムだった。
ムニはムニで、ちぇ、仕方ねえなあ、という顔をして
ごろんと転がって片足をあげ、
ヒーちゃんがオッパイを吸いやすいようにしてあげたりしていたっけ。

それはかなり年をとってからも続いていたし、
おっぱいを吸わなくなってからも、
いつだって二匹は重なるようにして一緒に寝ていた。

そんなふうにヒトミの21年間は、ずっとずっとムニと一緒だった。
飼い主の私は毎年日本に里帰りしたり、
取材だ旅行だと、彼女たちを留守番させていたけれど、
ムニは片時だってヒーちゃんを置いてきぼりに
したことはなかった。

だからヒーちゃんはあの日、6月22日の9日前、
ご飯を食べること、水を飲むことをピタリとやめたのだ。
私がひとりぼっちにならないように、
半年間は頑張ったけど、もうダメ、ムニに会いたいの、と
死ぬことを決めたとでもいうように。

やっぱり21歳で愛猫アブサンを亡くした村松友視さんの『アブサン物語』には、
猫は天国へ行くのではなく、木曽の山奥へ修行に行き、
グレードアップして帰ってくるのだと書いてある。
だから私は、運動神経の悪かったヒーちゃんは今頃、
ムニに特訓されているんじゃないかな、なんて考えている。
そして早く、グレードアップしてなくてもいいから、
私のところへ帰ってきて欲しいな。

待ってるよ、ムニ、ヒーちゃん。

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誤飲の恐怖

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↑時期外れですが、2011年ウサギ年の年賀状用に準備したムニの写真。
ちょっとファンシー過ぎかな、と結局使わずじまい。

 

あれはムニがまだ、2歳になっていなかった頃のことだと思う。

ある夜、若干酔っぱらい加減で三鷹台のマンションに帰った。
むに〜、ひーちゃん〜、ただいま~とかなんとか言って
二匹の様子もろくに見ないでベッドに直行した。

でも、いつもなら私がベッドに入ると夜だろうが昼だろうが
すぐにやって来て一緒に寝るムニがいないことに気がついた。
変だなあ、と思って探してみると
暗くて寒い玄関にうずくまっている。

何してんの、ムニちゃん、と抱き上げてベッドへ連れて行った。
だけどしばらくすると、また玄関にうずくまりに行ってしまう。

変だなあ。その時、ふと、
猫は死ぬ時に人目につかないところへ行くという話を思い出した。
ムニは健康な若い猫だからそんなはずないんだけど、
抱き上げてよく観察してみると、
お腹のあたりがぴくぴくと痙攣している。

もしや、一昨日した予防注射の変な反応が起きているのでは??

心配になった私は、注射をしてくれた獣医さんに電話をした。
優しい獣医さんは夜の12時近くだったのに
嫌な顔一つせず(電話だけどね)、すぐに連れてきてくださいと言った。

「おや、体温が36度しかありませんね。
猫の平熱は38−39度ですよ、おかしいな。
でも血液は普通だし。ビタミン剤を打って様子を見ましょう」

ところが家に帰るとムニの痙攣はさらにひどくなって、
夜中の3時頃には両手両足がピーン! 
とつっぱったようになり、
痛かったんだろう、助けて、というように私の顔を見あげ、
泣き続けるムニを見てとても怖くなった。

それでもう一度獣医さんに連れて行くと
「体温34度ですね。これは死にかけているんです。
体温が上がるのは身体が病気と闘っている証拠ですが、
下がるというのは戦う力もないということです。
でも僕にはもう、これ以上のことは何もできません~」
と半べそをかく獣医。

夜中に電話しても嫌な顔はしないかわりに
能力もあまりない、親切なだけの人だったというわけだ。

「治療のできる、動物病院はないんですかっ!」と聞くと
「近くに24時間営業の救急動物病院が」と虫の鳴くような声で言う。
最初から言ってくれないあたり、親切でもなかったということになる。

急いでその救急動物病院に連れて行くと、
さっきまでの獣医さんとは打って変わって手慣れた対応。

「おそらく尿毒症でしょうね」とかいいながら
ムニのお腹の毛を刈ってエコーをしたり、
点滴を腕にブスリと刺したりと
テキパキ治療を始める辣腕獣医師。

そして「うーん、この低体温では
8割がたは死ぬと思ってください」とズバリ。
能力が高い人は冷徹なのであった。

このまま入院になりますので、お宅でお待ちください、
と言われ泣きながら家に帰ったのは、
もう空が白々と明ける頃だった。

ところがムニの生命力が強かったのか、
獣医師が優秀だったのか、はたまた
私の祈りが天に届いたのか、
3日後にお見舞いに行くと
ケージの中で立ち上がって
出せー、出せーと鳴きわめく元気なムニがいた。

ああ~よかった~とウルウルしていると
「ちょっと、こちらへお願いします」と
獣医さんに呼ばれて診察室へ。

そこには、レントゲン写真を見る時のための例の機械があって、
なにやら猫のひらきのような形をしたものの画像が
びろーんと映し出されていた。

そしてそのド真ん中にバーン、と1本、
ストロー状のものが見える。

「これ、なんでしょうね。心あたりありますか?」

先生に聞かれてうーん、と考えてみると、はっ!
これはもしや、この前代官山の雑貨屋さんで、
ヒーちゃんとお揃いで買ってあげたぬいぐるみのしっぽでは??

21年猫を飼い、仔犬のグレースも経験した今の私なら
絶対しないであろう、「人間用の、赤ちゃん用でさえもない、
普通のぬいぐるみを若い猫に買い与える」ことをした当時の私。
ボタンや小さい部品など、猫たちが飲み込んでしまったら
危険なものがついているから
ペット専用でないとだめ、ということを
その時の私は知らなかったのだろうか。

ぬいぐるみをもらった子猫時代の彼女たちは、
わーいわーい、と言ったかどうかは知らないが
よくそれで遊んでいた。クマちゃんをもらったヒトミは
日本から海を越えてイタリアまで持って来て、
21歳で亡くなる数ヶ月前まで大事に大事に遊んでいた。
どこかになくなったと思っても、
必ずどこかから「これで遊んでよ」と口にくわえて
持ってきたものだった。

そのぬいぐるみの、ムニにあげたネズミちゃんのしっぽが
数日前になくなっていたのだが、
それがまさか、ムニのお腹に入っていたとは!!


しっぽには直径3ミリ程、長さ5センチ程度の
プラスティックの管が芯に入っていたようで、
それがムニの食道部からおへそあたりまでを
ドーンとつらぬくようにまっすぐ入っているではないか。

そんなものが身体の中に入っているせいで
すべての身体の機能が低下し、
多機能不全状態になっていたそうだ。
もう少し元気がでたら内視鏡でとればいいと言う。

「じゃあ、死にそうになったのはこの管のせいなんですね?」
ほっと胸を撫で下ろしつつ質問すると、先生はこう答えた。

「そうですねえ、9割がたはそうだと思いますが、
他の原因も考えられなくもないです」

他の原因? というと??

「猫エイズとか猫白血病などでも、
あんなふうに劇的に肝機能他が低下する可能性も、
なきにしもあらずです」

普段は深窓のマンション猫のムニ、そしてヒトミだったが
時々、マンションの敷地内に遊びに行かせたりしていたから
そういう時に他の猫からもらった可能性も
なきにしもあらずだという。

というわけで、猫エイズなどの一連の検査を
してもらうことになった。ムニが猫エイズの
可能性があるならヒトミにもうつっているかもしれない。
ということで、ヒトミも検査。

いろいろ検査をしていると、多少は悪いところが見つかるもので
はい、お薬、はい、お注射と、私は言われるままに
ムニとヒトミと、そして財布を差し出し続けた。
幸いなことに、二匹とも猫エイズも猫白血病も陰性だった。

そして3ヶ月ほどたったある日のこと。
お金がさっぱりないことに気がついた。
とってあった領収書を計算してみると、
動物病院に支払った総額はなんと、
70万円を超えていた。

当時、フリーのライターとして結構稼ぎがあった私は
フリーゆえ、月々の収入の金額は決まっていなかった。
だから、もともとだらしない性格も相まって、
自分がいったいいくらお金を持っていて
いくら使っているのかが正確に把握できていなかった。
それを見抜かれたのかどうかはわからないが、
こういう状態を「カモにされた」というのかもしれないと
気づいたものの、後の祭りとはまさにこのことだった。

数日後、腕はいいけど良心的という獣医さんを
紹介してもらってムニを連れて行った。
すっかり元気を取り戻し健康そのものの
ムニをなでながら先生は言った。

「お気の毒様だったんだと思います」

先生、やっぱり私、カモられていたんですね?
そう聞きたい気持ちをグッと抑え、
私も無言でムニを撫でるのであった。

 

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 ↑20年前のこの写真は、おそらく私があざとく、ヒーちゃんに抱っこさせて撮ったものだと思うけど、とにかくヒーちゃんはこのぬいぐるみをずっとずっと大事にしてくれていた。なのにヒーちゃんの人生の最後の半年ぐらいで、グレースにかじられて遊べなくなってしまったのであった。

 

ムニの認知症とココナッツオイル

 

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「シニョーラ! カドゥート・ウン・ガット!」
奥さん、猫が一匹、落ちてきましたよ! 

そんな声に慌てて手すりから身を乗り出し、
一階下のバルコニーを見た。
見ると、ムニが5メートルほど下の地上階のバルコニーで
のそのそ歩いていて、そのまわりで、その家の人たちが
不思議そうにこちらを見上げている。

毎年、夏休みに行っているリグーリア州ノーリという小さな海辺の町の
貸しマンションへ、ムニ、ヒトミ、そしてグレースという
わが家の動物総出で到着した、その日のことだった。

急いでムニを引き取りに行ったけど、
まったく怪我などない様子で
ほっと胸をなでおろし、
すぐにバルコニーの手すりの下側など、
ムニが通ってしまいそうな小さな隙間を
スーツケースやらペット用トイレシートの
お徳用パックやらを置いて塞いだ。

21歳と9ヶ月でお星様になったムニは、
亡くなる1年ぐらい前から、
認知症になっていたんじゃないかと私は思っている。
「老猫」「認知症」と入れて検索すると、
老猫介護で苦労した人たちのブログなんかがずらっと出てきて、
猫の認知症にはどんな症状があるかなど、
いろいろと書かれている。
あ! これこれ、ムニもやってるじゃん~!
というのがいくつもあった。

「やたら大きな声で泣き続ける」
「同じ場所でグルグル回る」
「壁等があるのがわからず、もっと前に進もうとグイグイ頭で押す」

だからムニも、バルコニーの小さな隙間に
頭を押し付けてグイグイ前進した結果、
下に転落してしまったというわけだ。
だけどボケても老けてもさすが猫。
ひらりと足から着地して
怪我一つなかったのは本能のおかげかしらんね。

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⬆雨で海に行けなかったある日。トリノの家ではグレース禁止の
ベッドの上に全員集合。


やたら大きな声で泣き続ける、というのには結構まいった。
地獄の底から湧き出てくるような(どんな?)恐ろしい声で、
「ぎゃあーお、にゃにゃにゃあ”あ”あ”ーお」と
毎日、何度も何度も泣き続けていたムニ。
そばに行って抱き上げて、撫でるとおちつくのか、
じっと私に抱かれている。
若い頃は、遠くにいる私を見ただけで
ゴーロゴロゴロと大きな音をさせていたその喉は、
もうずいぶん前から鳴らなくなっていたけれど、
目を細めて、気持ちよさそうなのはよくわかった。

落ち着いたね、じゃあね、ムニちゃん、と床におろして
別の部屋へ行って何かしていたりするとまた、
「ぎゃあああああおおおおう」とう声が聞こえて来る。

そんな日が続いた。

ほんとうのことを言うと、あの声にイラついたこともある。
夜中にも、締め切りで焦っている時にも
容赦なく続いたあの声に
もうやめて欲しいと思ったことも度々あった。
やめるってことは、もう死んじゃって欲しいっていうこと。
ひどいよね。ほんとうにひどい。

そんな暗い毎日に、救いの光を投げかけてくれたのが
ココナッツオイルだった。

ある時、行きつけのオーガニックショップで
ココナツオイルが売られているのをみかけた。
そういえば、日本では認知症に効くとかで
話題になっているみたいだなあ、と
軽い気持ちで買ってみることにした。

なんでもココナツオイルには、認知症に威力を発揮する
中鎖脂肪酸→ケトン体というものが多く含まれているそうだ。
これが脳に作用して、効く人には即効性の効果があると
いろいろなブログに書いてある。

本当かいな。そんなことで認知症がよくなるなら、
辛い介護で困ってる人も苦労しないよねえ、と思いながら
とりあえず、買ったんだからあげてみることにした。

ところが。24度で融解するというココナツオイルの
白いクリーム状の塊を、小さじに半分ぐらいを
ムニになめさせて、その翌日。

ムニの鳴き声が普通になってるじゃないか!!
ぎゃあおおううう、から今まで通りのニャーンになってる!!!
気のせいなんかじゃなく、その効果はずっと続き、
夜中にあの鳴き声に悩まされることは
それ以後なくなったのである!

ココナツオイルがなぜ認知症に効くかという詳しいことは、
たとえばこんなサイトに書かれていてよくわかる。

http://xn--ecki3b1br4ab3jyd3due2d7560dgktj.com/kokonatttsu-oil-ninntisyou-kouka-tv-4840

可愛い声に戻ったムニを抱きしめながら、
ああ、これでムニはもっともっと
長生きできるかなあ なんて思っていたのだけど、
それから半年ほど後、足腰が立たなくなって、
急激に体力を落として行った。
思えばあのバルコニー墜落事件が、
ムニと、そしてヒーちゃんの
最後の夏になっちゃったね。

それにしてもココナツオイルは認知症だけでなくて、
免疫力アップにも効果があるそうで、
私はムニと一緒に毎朝これを食べ始めて
一年以上になるけれど、
ほとんど風邪やインフルエンザにかからなくなった。
たまには軽く熱でも出して寝込んでさぼりたいよ〜というぐらい。
自家製の天然酵母パンにココナツオイルを塗って
黒砂糖&シナモンをふって食べると、
ほんのり甘くココナツの香りがして
とてもとても美味しいよ。

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 ⬆でっかくなったグレースのことを怖がらず、平気でそばにいられたのもちょっとボケていたからかも?

泌尿器にやさしいセント・バーナード?

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先日、仕事のドライブ中、アオスタの北東部にある、
グラン・サン・ベルナルド峠を通りかかった。
ペットライフのブログなのになぜ、峠の話? かというと
このグラン・サン・ベルナルド峠はムニとヒトミの
長生きに大きく貢献してくれた
大切な場所だからなのだ。まあ、聞いてください。

グラン・サン・ベルナルド峠、
その頂上はアルプス山脈のスイス圏内にあるのだが、
イタリアとの国境からその距離たった100mほど。
イタリアから登るには、ピエモンテ州のまた北にある
ヴァッレ・ダ・アオスタ州から車で行く。
国境の検査も何もなく、ひょいと国境をまたぐと
そこはもうスイス。

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↑こんなとこ。湖はたいしたことないね。

 

このあたりは、古代からイタリアとフランス、
スイスをつなぐ通り道として重要な役割を果たしていて、
紀元前に古代ローマと戦争をしていたカルタゴの将軍ハンニバルが
戦車の代わりの象を連れてこの峠を超えてやってきたとか、
ナポレオンがイタリア侵攻の時にもこの峠を通ったといわれている。

で、ムニとヒトミに重要なのは、このナポレオン様である。

ムニは赤ちゃんの頃から血尿が出ることが度々あったのだが、
獣医さんでいろいろ検査をしてもらっても原因がわからなかった。
そしてついに「膀胱の中の毛細血管が
切れやすい体質なのかもしれません。特に問題ありません」と
さじを投げられてしまったのであった!

日本製の食事療法食をたっぷり持ってイタリアへやって来て、
ある時、ミネラルウォーターのガイドブックを読んでいたら
「膀胱炎に悩んでいたナポレオンは、
サン・ベルナルド峠の水を飲んで治した」と書いてあるではないか。
この峠の水は泌尿器系にいいミネラル成分を
たくさん含んでいるのだそうだ。

これだ! と思った私はさっそく
サン・ベルナルド峠へムニを連れて行きました、
というのはウソで、本当は近所のスーパーへ走った。
スーパーで何をしたかというと、
ピエモンテ州で一番ポピュラーでおいしい
ミネラルウォーター「サン・ベルナルド」を買いに行ったのだ。

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 ↑これこれ。もちろんガスなし。ガス入りもあります。

 

その水を死ぬまでずっと飲んでいたムニは、
以来、血尿を出すこともなかったし、
老猫になっても、猫にありがちな結石や腎不全という病気には
いっさいかからなかった。
血尿は出さなかったけど、緊張するとすぐ膀胱炎になって
私を慌てさせたヒーちゃんも、
最後の一年ほどこそ腎臓の数値が若干悪くなっていったものの、
膀胱炎も腎不全もなく21歳まで長生きしてくれた。

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この話をすると、イタリア人の多くの友人たちは
半ば呆れたように笑っていた。
贅沢させ過ぎだと言うわけだ。
私も自虐ギャグとして、
「お金がかかるから私は水道の水だけど、猫たちはいつも
サン・ベルナルドを飲んでいるのよ」と言い続けた。

さて、このサン・ベルナルド、
英語読みすると「セント・バーナード」である。
そう、あのハイジのヨーゼフ、セント・バーナード犬は
この峠で生まれ、救助犬として活躍していた犬なのだ。

Wikipediaにはこんなふうに書いてある。

「セント・バーナードは、2世紀ごろにローマ帝国軍の軍用犬として
アルプスに移入されたモロシア犬が、その後独自の発達を遂げたものと
考えられている。17世紀中頃から、スイス・アルプスの山深い
グラン・サン・ベルナール(フランス語読みだ!/私・注)峠にある
修道院にて雪中遭難救助犬として使役されるようになり、
20世紀初頭に至るまで、2,500名もの遭難者を救助した」

なるほど。

このセント・バーナード犬の活躍の歴史を展示した博物館と、
セント・バーナード犬に会える施設がこの峠にあるのだが、
私たちは時間がなくて、ヨーゼフと遊ぶことはかなわなかった。
博物館の切符売り場で
「時間がないので犬だけちょっと見せて」と
錆び付いた英語で頼んでみたが、係の人はノンノンと繰り返すばかり。
たった100メートルしかイタリアから離れていないのに、
フランス語を操る彼らは頑にフランス語しか話さず、
イタリア語や英語はわからないフリをするというのは有名な話だ。

 

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↑↓会えなかったので、絵はがき購入。ちぇ。時間がある人は、こんなコたちと遊べるらしい。 

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こんなふうに↑ この辺りのお土産物屋で売っている
セント・バーナード犬のぬいぐるみの首には
必ず樽がくっつけられていて、なぜなんだろうと思っていたら、
この樽に遭難者の身体を温めるためのラム酒を入れて届けたんだって!
偉いなあ。キミもちったあ見習ったらどうだね?

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ところで、ミネラルウォーターは犬猫に飲ませてはいけません、
というのが一般常識のようだけど、
それは日本に輸入されているヨーロッパ産の
ミネラルウォーターが一般的に硬水が多いからだと思う。
硬水ということは、結石等の原因になりやすい
マグネシウムとカルシウムの含有量が高いということ。

たとえば日本で有名なエビアンはおフランスの水だけれど
かなりバリ硬で硬度309mg/L。
犬猫には飲ませない方がいいみたい。

一方、ナポレオンもムニも愛飲していた
イタリアのサン・ベルナルドは35.5mg/Lとかなりな軟水。
ちなみにヨーロッパで一番柔らかいといわれている
これもイタリアのラウレターナはなんと14mg/L!
日本の「六甲のおいしい水」は82、
「南アルプス天然水」も62だそうだからかなり柔らかい。
これなら老猫にも優しいというわけですね!

 

 

 

グレース登場

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「ムニとヒトミと、ちょっとグーちゃん」というタイトルをつけたのに、
このブログを始めたとたんにムニが逝き、ヒーちゃんも後を追い、
わが家の4本足家族はグーちゃんだけになってしまった。
なのに彼女のこと、まだちゃんと
紹介さえしていいことに気がついた。

グーちゃんことグレースは、ラブラドール・
レトリバーの女のコ、9月30日で3歳になる。

グレースのパパ、黒ラブのゴン太くんは、
さらの元ピアノの先生の秘蔵っ子。
その先生が、娘のさらにゴンちゃんの赤ちゃんを
プレゼントしてくれるというので、
猫派だった私はずっと反対していたのだけれど、
さらの執拗なお願い攻撃に屈し、
ついにもらいに行くことになったのが2012年の11月24日。
グレース生後2ヶ月に数日足りないという日曜日のことだった。

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ゴンパパと、4ヶ月頃のグレース

お母さん犬の家の門扉を開けると、
うわーっと仔犬たちが走り出してきた。
ああ、猫じゃなくて犬って、こういう感じなんだな。
その時そう思ったのを覚えている。
圧倒的に元気な感じというか騒がしい感じというか。

とにかく、クマの子みたいなラブラドールの赤ちゃんたちが
うわーっと走ってきて、私たちの足下に絡み付いたり、
手をなめ回したり。可愛さに圧倒されまくっていた。

黒ラブのゴンちゃんと白ラブの奥さんから産まれたのは
黒が3匹と白2匹。こっちへわーっと走ってきたかと思ったら、
あっちへダダーッと走って行ってご飯のお茶碗をひっくりかえし、
またドドドーっとやって来たかと思うと
お母さん犬にかじり付いて怒られていたり。

だけどその中にグレースはいなかった。
くれるといったのは、白の女のコのはずなのに
走り回っている白いコはオスが一匹だけだ。

おかしいな、と思ってあたりを見回してみると、
中庭の一角に作られた犬用ハウスの中から
おとなしい感じの白い赤ちゃんが顔を出している。
みんなと一緒に遊ばないでボーッとそこにいる、
それがグレ-スだった。

ハイ、これでお産は終わりよ、といって獣医さんが帰って行った
翌朝、昨日はいなかった白い子がもう一匹
産まれていたのだそうだ。それがグレース。
他の子たちは産まれる前から貰い手が決まっていたそうだから、
グレースはまさに、わが家にもらわれるために
産まれてきた運命の子だね、と今では家族でそう思っている。

だけど、そんな産まれ方とか、
仔犬にしては元気いっぱいじゃない感じを
その時ちょっと私は心配した。
ちゃんと育つんだろうか。
他の兄弟姉妹に比べて身体も小さいし。

でもそんな私の心配をよそに、
娘は嬉しそうに、ほんとうに嬉しそうにグレースを抱きしめた。

わが家に来た時は体重が5キロちょっと。
ムニとヒトミと、だいたい同じぐらいの大きさだった。
他の兄弟たちに圧倒されていただけなのか、
家についた途端、ものすごい勢いでゴハンをガツガツと食べた。
最初に見たぼーっとした感じ、よくいえば
グレースという名前にふさわしい上品な感じは
どこかへ吹き飛んでしまい、その勢いで猫たちのゴハンにも
手をつけようとするので、あわてて取り上げた3年前。

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若い猫なら、猫の餌を高いところに移動すればすむだのだろうけど、
ムニとヒトミは、もはや若い頃のジャンプ力はなくなっていて、
仔犬の健康によくないと獣医さんから言われた老猫用の餌は、
おばあさん猫2匹と一緒に二階へ移動することになる。
階段には娘が赤ちゃんの時につかっていた
柵をとりつけて、二階はグレ-ス禁止区域になった。

今思えば、この家庭内別居が
ムニを急激に老けさせたのかもしれないと、
実は私はずっと後悔している。
当時19歳と18歳だったムニとヒーちゃんは
それまでは夜は二階で私と眠り、昼間は家中を自由に闊歩し、
庭でも時々遊んだりして、元気に暮らしていたのに。

仔犬の圧倒的な元気さ、かわいさに押されて
ゆっくり考える暇もなかった。
そんな犠牲を払ってまでも家の子になったグレースだから、
大切に育てていかないとムニとヒーちゃんに申し訳が立たないよね。

こうしてグレースはわが家の一員になった。
私の人生初の犬ライフが始まった。

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