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おばあさん猫・ムニとヒトミと、ちょっとグーちゃん

今から18年前、東京からイタリアのトリノへ移り住んだ私と愛猫ム二とヒトミ。今では21歳を超えた二匹たちとの暮らしぶりや、老猫介護苦労話、新しくやって来たラブラドールのグーちゃんとの楽しくて切ない記録です。

ヒーちゃんの急変、そして

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「そんなに無理矢理食べさせないでよ」
ヒーちゃんが言った気がした。
「あたち、もう、ムニちゃんに会いに行きたくてしかたないの」

先週の日曜日、私はここまでを
チンクエテッレの風景を撮影するボートの上で
取材ノートのすみっこに書いていた。
夕方の光で同じ景色を再度撮影するため、遅い日没を
ずっと待っていたときのことだ。

ヒーちゃんはもう、そんなに長くない。
これから辛くて悲しい看病の日々がしばらくあって、
その先にお別れがやってくる。
私はそう思いながら書いていた。
だけどそれがまさかこんなに早く、
あっけなくやってきてしまうとは思いもせずに。

ムニは20歳を過ぎた頃からずいぶん老け始めて、
後ろ足がヨロヨロしたり、頭がボケたり、
耳が聞こえないふうになっていった。
顔もちょっとだけどおばあさんぽくなった。
だけどひとみは21歳を過ぎても、
高いジャンプこそしなくなったものの
(もともと彼女の運動能力はあまり高くなく、
往時でもテーブルがベスト到達点ぐらいだったんだけど)
階段を勢いよく上り下りしたり、
猫ドアを通って外へも時々行ったりしていた。

ご飯も毎日よく食べて、
持病の甲状腺異常の薬だけ忘れなければ、
25歳ぐらいまでいけたりしてね、
なんて獣医さんも言っていたほどだった。
顔だって、子猫みたいにクリクリっとしていて
とても21歳のおばあさん猫には見えなかった。

 

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ところが、6月14日の朝。
9日間の出張に出かける前にご飯を食べさせようとすると
プイっと横を向いて全く食べない。
一ヶ月ほど前からカリカリは食べなくなっていて
腎臓食事療法用の缶詰(K/D)に、ちょっとだけ
おいしい缶詰を混ぜたものを一日何回にも分けて食べていた。
老猫だから、心配するほどではないにしろ、
腎臓の機能低下はあったからだ。

それを何回にも分けて食べさせていたのは、
ヒーちゃんの食欲が旺盛だったから。
あまりいっぺんに食べたら、
消化に悪いと思って小分けにしていたのだ。

それぐらい食欲があったのに、あの朝から全く食べなくなった。
だけど、猫が同じ餌に飽きて食べなくなることは
よくあることだから、さほど心配もせず、
ちょっと注意しておいてね、と夫と娘に頼んで出張に出かけた。

火曜の夜、いったん家に寄った時も
あまり食べないようだったけど、
具合はそれほど悪くなかったんだと思う。
私の記憶に特に何も残っていない。

木曜日、ランゲ地方の快適なホテルで
取材を終えて休んでいた時のこと。
あーあ、出張はいいなあ、家事なんかしないで
仕事だけしてればいいんだもんね、
世の中のお父さんは楽チンだねー、なんて思っていると、
娘のサラから電話がきた。

ママ、ヒーちゃん、なんだか
すごく具合悪いみたいだよ、声なんか、
ムニちゃんが死んじゃった時みたいなんだよ、という。

それで翌朝、夫に
かかりつけの獣医さんに連れて行ってもらった。
栄養剤の点滴をしてくれた獣医さんは、
もう高齢だから、たとえ血液検査をして
腎不全だとわかったとしてもできることは少ないと言って、
家でも皮下点滴できるようセットをくれただけだったそうだ。

それから夫は毎日、点滴をしてくれていた。
ご飯も自分からは食べないので、
水で少しのばしたものを、針をどけた注射器で吸い上げて
食べさせてくれていたという。

土曜日は取材がトリノで、サボイア家の王子様を
トリノの王宮の中で撮影した。夕方終了し、
スタッフと夜ご飯を食べた後、私は自宅へ帰った。
ママ、お帰りお帰りー! とまとわりつく
グレースの顔と身体をざっとナデナデしてから、
急いで二階へ上がってみると、
そこにはまったく様変わりしたヒーちゃんが
カゴの中に横たわっていた。

顔も、身体も、よれよれして、横たわる背骨が妙に目についた。
トイレに立ち上がっても、ヨロヨロとトイレシートの上に
倒れ込んでしまう。サラが電話で言ったように
ムニが死んでしまった時の、数日前の様子を思い出す。

ご飯をたべさせてみても、全く食べない。
大好きな鰹節を食事療法食にまぜてみても食べないし、
大好きな猫用サバ&ツナ缶詰をあげてみても全く食べない。
注射器で食べさせれば、ほんの少しだけ
口に入ったものをゴクンと飲み込むけれど、
こんな量では命をつないでいくことは
とてもじゃないけどできないよ。

そう思って涙が出そうになったとき、
ヒーちゃんが私の顔を正面から見据えてこう言ったような気がしたのだ。
「もうやめて。あたちをムニちゃんに会いに行かせてよ」

今思えば、あれがヒーちゃんの
私へのお別れだったのだと思う。
その後、かごに横たえて背中を撫ぜたら、
いつもより大きな音で、長いことゴロゴロいっていた。

日曜の朝、もう一度、ちょっとだけ
注射器でご飯を食べさせた後、家の中で一番涼しい
一階のバスルームにヒーちゃんを移動して、
私はまた取材旅行のチームに合流した。

火曜日には帰ってくるから、待っててね、と言い残して。
ムニの遺影に、お願いムニ、ヒーちゃんを
まだ連れて行かないで、とお願いして。

だけど、そんな私の願いはかなわなかった。

月曜日、私がチンクエテッレで素晴らしい景色を堪能し、
撮影もうまく行き、スタッフのお土産ショッピングに付き合い、
冗談なんか言い交わしている時、
ヒーちゃんは息を引き取った。
2015年6月22日 午後2時過ぎ。

あまりに具合の悪そうだったヒーちゃんを心配して、
いつもは午後3時過ぎに一時帰宅する夫は
あの日、早めに家に着いたそうだ。
彼が声をかけると、一言、まるで別れの挨拶をするみたいに
声を出したヒーちゃんの息は、そこで止まったのだという。

ごめんね、ひーちゃん。
あんな狭くて薄暗いバスルームで、
たった一人、苦しい時に一緒にいてあげられなくて。
最後のお別れを言おうと待っていてくれたのに
間に合わなくて。
ほんとうにほんとうにごめん。

20年間なくさずに遊んでいたお気に入りのぬいぐるみと
猫じゃらしを持って、
大好きだったムニに、天国でいっぱい甘えてね。

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